35 就寝
「あ~、美味しかった!」
「こんな美味しいもの食べたの久しぶりね……」
「うう……今までで一番美味しいカップ麺だったよ……」
夕食が終わると、少女たちは口々にカップ麺の感想を言い合っていた。
長い間ちゃんとした食事を取れていなかった彼女たちにとって、カップ麺はこの上ない美味しさだったのだろう。
俺は初音との夕食もあるので、軽めにミニサイズのカップ麺を食べた。
これもとても美味しかったのだが、そろそろ野菜が欲しいところだ。
添加物満載のレトルトやカップ麺ばかりでは身体によくない。
ビタミンとかも摂取しなければ体調を崩してしまうだろう。
しかし現在、店頭に並んでいる野菜はもう食べられない。
一応、陳列している生野菜をチェックしたが、とうの昔に消費期限を過ぎていた。
生野菜は案外、すぐ痛むのだ。
しかしこうなると、ビタミン不足は当分の間、サプリかなにかで補うしかないか。
「あ、あのっ……」
野菜問題について考えていると、金髪のツインテ少女が声をかけてきた。
たしか、屋上で俺の提案に反対してた子だ。
あの時の不信感と怒りに満ちた表情とは一転、俯いて恥ずかしそうにもじもじしていた。
「園田ちゃんだっけ? どうしたの?」
「名前、覚えててくれたんだ」
園田は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
棘のある子だと思っていたけど、笑うと無邪気なんだな。
「その、さっきはごめんなさい……こんなに優しい人なのに、疑ってしまって……」
「ああ、そんなことか。別に、気にしなくていいよ」
確かに、あの時屋上で反対された時はヒヤヒヤした。
でも最終的には納得してくれて無事、全員屋上を脱出できた。
結果オーライだ。
「許して、くれるんですか?」
「許すもなにも怒ってすらないぞ」
「怒って、ないんですか?」
怒られると思っていたのか。
俺は小さく笑って、おろおろする園田の頭をぽんぽんして言った。
「けっこう辛い目にもあったんだろう? だから、あの場で反対するのも仕方がないことだよ。むしろ、君が無事でいてくれてよかったよ、ありがとう」
この子が無事じゃなかったら、結衣はすごく悲しんでいただろう。
皆が無事でいてくれただけで、俺は充分なのだ。
という意味合いで言った俺の言葉を、園田はどう解釈したのか。
「い、いきなりそんなっ……恥ずかしい……」
頭からぷしゅーと湯気でも出そうな勢いで、園田は顔を赤くした。
両頬を手で押さえ頭をぷるぷると震わせている。
この雰囲気はもしかして……。
「ねえアキラ、それわざと? わだとなの? いい加減、あーしも怒っていい?」
「また俺なんか変なこと言った……?」
俺と園田のやりとりを見ていた中川が握り拳を掲げていた。
顔は笑ってるが、目は笑ってない。
誤魔化すように、俺は再び園田に言った。
「と、とにかく今日はゆっくり休んで、疲れを取るといい! ふかふかのベッドもあるから、気持ちよく寝られるぞ!」
「あ、はい! ありがとうございます」
園田が深々と頭を下げて駆けていった。
嬉しそうなオーラが溢れ出る後ろ姿を見送る。
中学生のグループに戻った園田が、他の同級生から「ねえどうだった?」とか、「きゃーっ! それって脈アリじゃん!」とか、いろいろ話しかけられていた。
いったい何の話をしているんだろう。
「モテモテね、アキラくん」
高瀬が声をかけてきた。
いつもの雰囲気の彼女だが、言葉にはどこかトゲのようなものを感じた。
「なんか、怒ってる?」
「怒ってないよ? これがアキラくんの良さだと思うし」
なんだかよくわからんが褒められた。
けど、目がちょっと怖い。
「さ、さあ! 飯も食ったことだし、今日は寝よう!」
とりあえず少女たちに向き直って、そう呼びかけた。
平常時ならまだまだ起きている時間だが、学校を脱出してまだ初日。
疲れも溜まってるだろうし、すぐに寝たほうがいいだろう。
現に、何人かの少女が目をこすって眠そうにしている。
皆を家具コーナーに誘導する。
このショッピングモールの家具コーナーはかなり広い。
ベッドも敷き布団も、40人くらいなら軽く寝られる量はある。
どれでも好きな寝具で寝ていいと言うと、少女たちは一斉にベッドへと駆け出した。
「すごい! ふっかふかのベッドだよ!」
「私このベッドね!」
「ううぅ……下が柔らかいところで寝れる……夢みたいだよ~」
布団にダイブしたりゴロゴロしたりして遊んでる少女たち。
しばらくすると、少女たちが俺のところにやってきて口々にお礼を言ってきた。
「あの、本当にありがとうございます! またこうやってベッドで寝られるなんて、夢みたいです!」
「いろいろと、ありがとうございました……アキラさんのおかげで、本当に助かりました……」
「うう……アキラさんは私の命の恩人です……感謝してもしきれません……」
こう、面と向かってお礼を言われると、なんだか恥ずかしいな。
けど、頑張った甲斐があった。
「どういたしまして。もう疲れてるだろ? 早く布団にくるまりな」
はーいと、少女たちがベッドへと戻っていった。
「それにしても、彼女たちはいったい、屋上でどうやって寝てたんだ?」
「みんな、自分の服とかを下に敷いて寝てた。今思い出しても背中が痛いよ……」
いつの間にかそばにやってきた結衣が俺の疑問に答えてくれた。
「うわ……それはキツイな……1ヶ月以上も床で寝てたのか」
コクリと、結衣が頷く。
なんだかいたたまれなくなった。
「……よしよし、よく頑張ったな」
結衣の頭を撫でてやる。
「うぅ……ありがとう、お兄ちゃん。でも、お兄ちゃんがちゃんとベッドのあるところに連れてきてくれたから、もう平気」
ぱっと、結衣の表情に笑顔が咲いた。
「今日はゆっくり休むんだぞ」
「うん!」
結衣は勢いよく頷いた。
「あ、お兄ちゃん、ひとつお願いがあるんだけど……」
「ん? どうした?」
「えっと、よかったら今日、一緒に寝てほしいなー、なんて……」
恥ずかしそうに、結衣は言った。
とても魅力的なお願いだと思った。
いつもなら秒で首を縦にふるところだが。
「すまん、今晩はちょっと厳しいんだ……」
「え? どうして?」
「えーと……それはだな……」
理由はもちろん、初音の待つ自宅に帰るからだ。
ただし、それは言えな……いや、妹にだったら言ってもいいかもしれない。
結衣は妹だから、俺のことをよく理解してくれる。
初音のことを話しても、おそらく信じてくれるだろう。
皆に近いうちに、初音のことは明かさないといけない。
今までは皆に物資を届けた後、あれこれ理由をつけて自宅に帰ることができていたが、これからはそうもいかない。
毎晩のように抜け出していたらすぐにどこに行くのかと尋ねられるだろう。
そうなった時に、あらかじめ事情を知っている者が何人かいれば、話を通しやすいと、俺は思った。
結衣には、事情を話すことにした。
「驚くと思うけど、聞いてくれ。実は……」
結衣に、初音とともに異世界に転移した経緯から、初音がゾンビになってしまったこと、死霊術で進行を食い止められたこと、そして、毎晩家に帰って一緒に寝ていることなどをざっくり説明した。
結衣は最初驚いていたが、すぐに真剣な表情で俺の話に耳を傾けてくれた。
話し終わると、結衣は落ち込んでいるようだった。
「そっか……初音ちゃんが……それは残念だったね、お兄ちゃん」
「案外、あっさり信じるんだな」
「当たり前でしょ。お兄ちゃんがこんな嘘つく人じゃないって、私が一番よく知ってるんだから」
そう言って、結衣は胸を張る。
やはり俺の見立ては正しかったみたいだ。
ホッと胸をなでおろす。
「近いうちに、皆に初音のことを話さなきゃいけないと思ってるけど……流石に今日は、黙っておこうと思う」
「うん」
「でも今晩家に帰らなかったら、初音のやつすごい寂しがると思うから、だから……」
「大丈夫、任せてお兄ちゃん。私がみんなに、うまい感じで言っておくから! お兄ちゃんは初音ちゃんのところに、行ってあげて」
「……すまん、ありがとう、結衣」
「お礼なんていらないよ。お兄ちゃんは私の、命まで救ってくれてるんだから……」
結衣に背中を押される。
「ありがとう。それじゃ、ちょっと行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい。初音ちゃんによろしくね」
俺はショッピングモールを抜け出して、初音の待つ家へと向かった。
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