25 高校からの脱出
翌日。
初音の献身的なマッサージのおかげで体力も回復し、すっきりした気分で家を出た。
さあ、今日が本番だ。
36人の女子中学生と同級生4人を無事、ショッピングモールに送り届けなければならない。
責任は重大である。
バスに乗り込み、まずは高校へ向かう。
約束の時間五分前に到着。
校庭に乗り付けた後、構内に入り、シャッターをノックする。
「アキラくん?」
「おお、高瀬か。準備はできてるか?」
「できてるわ。特に持っていくものもないから、荷物も少ないものよ」
シャッターが開かれ高瀬が出て来る。
いつもと違う点としては、右手に学校指定のカバンを持っている点くらいか。
「中に何が入ってるんだ?」
「特別なものは何も。世界が変わっちゃった日に持って来たまんまよ。勉強道具とか、教科書とかよ」
「ゾンビまみれの世界でいるのかそれ」
「一応、何かの役にたつかもしれないと思ってね」
「断捨離で物捨てられないタイプだろ、高瀬は」
「あはは、わかる?」
高瀬の後ろには原田と伊藤がいた。
2人とも、荷物といえばカバンくらいだ。
あとは原田が余った食料の入ったレジ袋を持っていた。
「あれ、中川は?」
そういえばいないと思っていると。
「ちょっと待って! あーしの準備がまだできてない! 日焼け止めクリームとマスカラと……あとあれもこれも……!!」
図書室の方から中川の声が聞こえてきた。
部屋に向かうと、床に広げた様々な化粧品を必死にカバンに詰め込む中川がいた。
「いや、お前こそちょっと待て。明らかに必要ないもんいっぱい持って行こうとしてるだろ」
たしなめると、中川はキッ俺を睨んで来た。
「全部必要だし! 乙女のたしなみなめんな!」
「いや、ショッピングモール行けば化粧品なんて腐るほどあるんだから、無理に持って行こうとしなくてもいんじゃないか?」
「あっ……」
「ほれ、さっさと行くぞ」
「……わかった」
俺の言葉に、中川はしぶしぶといった風についてきた。
「中川は化粧しなくても充分可愛いと思うぞ」
「か、かわっ……バカバカ! いきなり何言い出すんだし!?」
「いや、率直な感想を言ったまでだが」
なんか変なこと言っただろうか。
ゲシゲシッ!!
「いていてっ! 蹴るな蹴るな!」
まったく。
女の子という生き物はなんでこうも感情の起伏が激しいのだろうか。
そんなことを考えながら高瀬たちの元へ戻って来る。
伊藤が、俺と中川を見ながらニコニコしていた。
「な、なにニヤニヤしてるんだしっ」
「べつに~。仲がいいなー、と思って」
「よくねーし!」
そんなやりとりを見届けた後、俺は皆に言った。
「よし、じゃあこれから構内を移動してバスに乗り、結衣……妹の待つ中学校に行く。例のごとく、俺のそばから離れないでくれ」
俺の言葉に、4人は神妙な面持ちでうなづく。
皆、緊張している様子だ。
それはそうか。
ゾンビだらけの外の世界に武器も持たずに飛び出すのだから。
「心配しなくても、俺と一緒にいたら絶対に安全だから、心配すんな」
「い、異世界帰りのネクロマンサーの力、信じるからね?」
高瀬が言う。
「ああ、任しとけ」
皆で手を繋ぎ、俺たちは図書室を後にした。
◆◆◆
ブロロロッ。
無事、俺たちはバスに乗り込み、結衣の待つ中学校に向かっていた。
今日も今日とて快晴。
相変わらずゾンビたちが元気に路上をうろちょろしているが、バスは力強くすいすいと彼らの脇を通り過ぎていく。
「アキラくんすごい。本当に運転できるんだ……」
高瀬が運転席を覗き込みながら言う。
「まあ、なんとかな。動かすだけなら簡単だぞ。やってみるか高瀬?」
「むりむり絶対無理! 秒でみんなあの世行きになるわ!」
「冗談だ、冗談」
人生初運転でバスとか、難易度激高すぎて危険すぎる。
俺も身をもって経験してるしな。
「本当に変わっちゃったんだね……私たちの街……」
伊藤が窓から外の様子を眺めながら泣きそうになっている。
中川や原田も同様だ。
そりゃそうか。
なんたって彼女たちは実に二週間ぶりに学校から脱出できたのだから。
久しぶりに見た街がこんなに変わり果てているのだから、ショックを受けるのも無理はない。
「お父さん、お母さん、大丈夫かな……。ねえアキラ、中学校に行く前に、ちょっとみんなの家に寄って欲しいんだけど」
中川のお願いに他の三人も同調するように俺を見る。
「私も……家のことが気になるかな」
高瀬が言う。
「もしかしたらお父さんとお母さん、生きてるかもだし」
伊藤も続く。
「俺も……やっぱ家がどうなってるかは気になるっつうか……」
原田までもそう言った。
どうしたものかと、運転しながら考える。
彼女たちの思いはもっともだった。
この場にいる全員、家のことが気になっているに違いない。
しかし……。
深く考えた末、俺は言った。
「いや、中学生たちの体力も限界に近い。一刻も早く駆けつけてあげないと、手遅れになってしまう生徒もいるかもしれない。気持ちはわかるけど、今日は我慢してくれないか? 後日、絶対に連れて行くから」
今は寄るべきではないと俺は判断した。
中学生たちを一刻も早く連れ出さないといけないという理由も、もちろんある。
加えて、中川たちがそれぞれ自分の家に寄った時に受けるかもしれない精神的ダメージも考慮しなければならない。
現実的に考えて、彼女たちの家にはもう、健在な両親の姿は無いと見ていい。
脱出して別の場所へ避難しているか、あるいは……もう、ゾンビになってしまっているだろう。
可能性としては、圧倒的に後者の方が高い。
初音家に手遅れのおじさんがいたように、ゾンビ化してしまった自分の生みの親の姿を目にしてしまえば……精神的に大きなショックを受けてしまう。
その可能性が高い以上、今行くメリットはほぼ無いと思った。
「たしかに……そうだね。ごめんねアキラくん。無理なお願い言っちゃって」
高瀬が謝る。
「いや、気持ちはわかるから謝るほどじゃ無いよ。大丈夫、きっとご両親はどこかに避難してるよ」
「……ありがとう。優しいね、アキラくんは」
彼女の瞳からは、わずかな諦めの感情が見て取れた。
高瀬はもう、色々と覚悟しているのかもしれない。
「みんな、ごめんよ」
呟くように謝罪する。
皆は少し心残りという風な表情をしていたが、「まあ、仕方がないか」と納得してくれた。
そうこうしているうちに中学校に到着。
昨日と同じ要領で正門付近のゾンビを排除した後、門扉を開け、バスを校庭に侵入させる。
門扉を閉じ、校舎付近まで移動する。
さあ、ここからが正念場だ。
「どうやって中学生たちを連れてくるの?」
高瀬が尋ねる。
俺は言った。
「なに、彼女たちにはちょっとばかし強くなってもらうだけだ」
「強く?」
「物理的にだけどな」
ボストンバッグを開け、もう一度中身を確認する。
36人分の刃物と……少女たちを説得するためのとあるアイテムの存在を確認していると、
「ちょっ!? アキラ、あんた一体それで何する気!?」
中川が驚いたように言う。
「単純さ。この武器を全部、屋上の中学生たちに持たせるんだ。そうすれば、俺が襲って来ても撃退できるという安心感を抱かせることができる」
俺の言葉に、高瀬がハッとする。
「なるほど、そういうことか……少女たちの信用を得るんじゃなく、彼女たちの根本的な不安を解決するわけね……とんでもない方法を思いつくわね、アキラくん」
「いや、たいしたことないよ」
初音のおかげで思いついたようなもんだし。
「私、今回もついていっていい?」
高瀬が尋ねてくる。
「別に良いけど、大丈夫か? 今回は多分、結構物騒な事になる確率も高いぞ」
心配だからそう言うと、高瀬は口元を緩めて言った。
「危険なのはわかってるけど、アキラくんの役に立ちたいの。一応、事情を知ってるし、中学生たちも安心できると思うから」
「なるほど……よし、わかった、ついてきてくれ」
「うん、ありがとう!」
高瀬は嬉しそうに頷いた。
すると、中川が心配するような口調で言った。
「で、でも! この方法じゃ、アキラが危険じゃない? 男を憎む中坊が襲ってくるかも……」
「大丈夫、大丈夫。いざとなったら全力疾走で退散するさ」
走りには自信がある。
少なくとも、衰弱しきった女子中学生にかけっこで負けることはないだろう。
「というわけで、言ってくる」
ボストンバッグを担ぎ、バスを降りようとすると、
「待って!」
中川が呼び止められた。
「どうした?」
尋ねると、中川は決意を灯した瞳で叫んだ。
「私も、屋上に連れてって!!」
「……え?」
いやいや、それはちょっと厳しくねえか。
「中川は前、ゾンビ怖いとか言ってなかったっけ?」
「もう大丈夫! あーしも行く! 絶対行く!」
「けどなあ……」
「行きたい行きたい! 私も役に立ちたいの!」
駄々をこねる中川。
正直説得している時間はない。
仕方がない、連れて行くとするか。
ということで高瀬、中川、俺の三人の編成で屋上に行くことになった。




