2 死霊術を学んで、僕だけ日本に帰るはずが
僕を一週間後に地球に送り返すと言った大臣らしき人は、すぐに初音と清田を歓迎する輪のなかに入っていった。
本当だろうかと疑ったが、特に身に危険を感じることも無かった。
次の日も、パーティーは行われた。
ネクロマンサーの僕も呼ばれはしたが、端っこのほうの席に追いやられ、食事は硬いパンと豆のスープの食事に変わっていた。
わかりやすい落差に乾いた笑いが出た。
時折、多くの人に囲まれる初音と目が合う。
けれども初音には近隣国の王様や大臣から挨拶で、長蛇の列ができている。僕にかまっている余裕は無さそうだ。
さらに次の日もパーティーがあったが、僕は相変わらず硬いパンと豆のスープで過ごさないといけなかった。とんだ災難である。
この国が追い詰められているのは事実のようで文句も言いにくい。
城の広場に集まる群衆に初音と清田が勇者として紹介された際には、群衆は泣き出さんばかりに拝むものまで居た。
いや、実際に泣いていた。
ふたりはまさしく、この国の国民にとって救世主そのものなのだろう。
昨晩はパーティーの後で少しだけ初音と話せた。
どうやら明後日から、初音と清田は戦うための座学をはじめるらしい。
本当にそんなものに付き合うのかとも聞いたが、初音はともかく清田は、勇者として完全にやる気になっているらしい。
気が進まない初音だが、清田のことを好きだから残るんだろうな。
そんなことを考えていると例の大臣さんが話しかけてきた。
「えっと……アキラくん。だったかな? 巻き込んで召喚してしまってすまないなね」
「いえ、地球に帰していただけるなら」
「なるべく便宜は図るようにする。なにかあったら言ってくれたまえ」
意外と良い人かもしれない。そう言ってくれるなら実は頼みたいと思っていたことがあった。
「あの、明日から初音と清田は、魔王軍と戦うための座学の勉強をするんですよね」
「ああ。そうだよ」
魔王を倒したら二人も帰してくれるとのことだが、魔王なんか倒せる保証はないだろう。
もう一生初音と会えなくなってしまうかもしれない。
「僕も勉強に参加したいのですが」
「ネクロマンサーの君が?」
「はい」
少しの間だけでも初音と一緒にいることが出来る。
最後のワガママみたいなものだった。
大臣さんは少し考えてから言った。
「ん~、オババは死霊術が使えるけど……凄く偏屈だよ。会う?」
「え?」
「えっ、て君はネクロマンサーだろ。オババぐらいしかできる人いないし」
僕は日本に帰るまで、オババさんからミッチリ死霊術のイロハを教わることになった。
幸いにもオババさんは噂通り偏屈だったけど悪い人ではなく、最終的には師匠と呼ばせてくれた。
ただ残念なことに、初音と一緒に勉強するあてははずれてしまい、話せる時間は全く無かった。
初音は城の豪華な部屋で過ごしているようだったし、僕は衛兵の寄宿舎で過ごしていた。
──数日後、僕は召喚された大広間に来ていた。
これから逆召喚の儀式がはじまる。
「元気でな、アキラ」
清田が僕に別れの言葉をかけた。
彼と話せたのは実に初日のパーティー以来で、一週間も会うこともできなかった。
「俺だけ地球に帰ちゃって悪いな、清田」
「安心しろ。俺は初音と魔王を倒してこの世界の人達を救う。そして、必ず地球に帰る。」
正義感の強い清田らしいなと思う。
それよりも気になったのが初音だ。
話しかけても「うん」とか「あぁ」とか短く返事をされるだけだった。
今生の別れになるかもしれない場面でそりゃないんじゃないか。
もう完全に心は清田にありってか。
泣けてくる。
「そろそろ逆召喚の儀式をはじめるぞ」
王国が誇る魔術師達は僕の感傷など知らない。
魔法の詠唱をすると、磨き上げた白亜の石床がさらにまばゆい光を放ちだす。
その時だ。
ずっと僕を無視していた初音が傍らまで走り寄って来て。
──僕の手を取った。
「アキラ、元気でね……」
初音の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
僕との別れに泣いてくれるのか。
ひょっとして、さっきまでの態度は涙を隠すためだったのかもしれない。
それだけで今まで秘めていた僕の気持ちが報われた気がする。
──しかし……だ。
もう転移の魔法陣がビカビカ光を発している状態で、僕に触れて大丈夫なの?
成績はいい初音だけど実は結構天然でやらかしてしまう。
魔術師達が切羽詰まった表情で叫んでいた。
「ハツネ様!!アキラから離れてください!」
ほらやっぱり!
「ちょっちょっと初音! 手を離せ手を!」
「どうしてよ?」
初音が不満げに頬を膨らませる。
「いいから早く!」
「あっわかった。私に手を握られて恥ずかしいんでしょう? うふふふ。離さないよ~」
「違うっ! このままだと初音も日本に転送されちゃうだろ!」
瞬間、景色が変わる。
「え?」
現れた景色は召喚された時に見た公園だった。