19 ゾンビ災害ではやはりあそこに
高瀬は縄梯子を登っていた。
「後……少し……ふう、ボルダリングをやっといてよかった」
最近流行りの室内ロッククライミングをしてて良かったと高瀬は思った。
余裕そうに登ってはいるが、実はアキラの前で格好つけてしまったのだ。
いくら運動神経が良いとはいえ、落ちたら死ぬ縄梯子を登るのは身体の芯に恐怖を感じた。
落ちないよう必死に食らいつき。なんとか屋上の柵にたどり着いた。
「はぁっはぁっ……」
高瀬は柵を登って屋上に転がり込む。
そこにいる女の子達にはとりあえず目もくれない。
校庭に佇むアキラに手を降った。
高瀬には彼がほっとしたように見えた。
「もう少し、苦労したようにしたほうがポイント高かったかな」
実際、高瀬はアキラが思っているより遥かに苦労した。
まあそれでも良いのだ、それが彼のためになるならと思う。
「さてと」
高瀬は登った瞬間、屋上がひどい状況になっていることに気がついていた。
振り返って目にした女子中学生たちの状況は酷かった。
屋上は雨ざらし風ざらし。
もちろんトイレや浴場もない。
一人の少女が立ち上がって高瀬に近づく。
「おねえさんはおにぃの友達なんですか?」
高瀬は、話しかけてきた子がアキラの妹であることに気がついた。
どことなく顔立ちが似ている。
「あなたが結衣ちゃん?」
「はい……あの、食料とか色々、ありがとうございます……」
他の子たちは二人が話すことを止めはしないが、少し離れて監視しているようだ。
高瀬はそれも意識しながら聞いてみた。
「私は良いんだけど、アキラくんは皆に親切にしてるじゃない。どうして助けを求めないの?」
「わ、わたしはおにぃに助けて欲しいんだけど……」
結衣は申し訳なさそうに下を向く。
「アキラくんは凄く、結衣ちゃんのことを心配してるよ」
「それは……わかっているんですけど……ここにいる皆は男の人には関わらないって決めたんです」
「なにか、あったの?」
結衣は屋上の端に静かに座っているグループを指差した。
◇◆◇◆◇
俺がボーッと高瀬からの報告を待っていると丸めた紙が落ちてきた。
慌てて開く。
今から屋上のから教室に戻ります。お迎えに来てね。高瀬……か。
走って教室にむかう。
教室についた頃には、縄梯子が下りていて高瀬の足が、窓から見えていた。
死霊術でゾンビを素早く追い払う。
「アキラくん」
「いいぞ! ぶわっ」
窓から飛び込んできた高瀬を抱き止めようとしたが、床に押し倒されてしまった。
胸の当たりに高瀬の頭が乗っている。
「お、おい。大丈夫か?」
高瀬の返事がない。
「まさか怪我したのか? おい!」
「うううん。違うよ……」
え? 高瀬の声は少し泣いているようだ。
「ど、どうした?」
「ごめん……このまましばらく……」
しばらく高瀬の頭を撫でる。
「もう大丈夫……」
「どうしたんだ? 屋上でなにかあったのか?」
「うん」
やっぱりか。焦りを噛み殺して妹のことを聞く。
「結衣がなにかあったのか?」
「結衣ちゃんは衰弱してたけど大丈夫。可愛い妹さんね」
よかった。でも高瀬が泣くなんてどうしたんだろうか。
「一体、屋上にいる皆になにがあった?」
「う、うん。少し話しにくいんだけど」
教室をドアを閉めて椅子に座って話す。
高瀬が話してくれたのはこんな話だった。
この学校は遮蔽性が高いため、なんとか逃げ集まった生徒が多かった。
ただその中には家族を殺されたり、状況に絶望して無気力になってしまった子がいたらしい。
「無理もないか」
「うん。でもさらに追い打ちをかけるように男の先生が逃げて来たらしいの」
話が見えてきた。
「ひょっとしてその教師。ゾンビに噛まれてもゾンビ化しなかったんじゃないか?」
「うん。そうらしいの。逃げてきた時はゾンビに噛まれてボロボロだったんだけど見捨てることもできないって屋上に入れたらしくて」
ゾンビ化は呪いなので極端に負の精神を持っている人物は噛まれても中々ゾンビ化しない。最初から呪われているようなものなのだ。
「それで無気力になった子を襲ったらしいの。皆で止めたんだけど女の子達じゃどうしようもできなくて」
なんてことだ。それで俺のようにゾンビに襲われない男を恐れていたのか。
「結局、その教師はゾンビ化がはじまっておかしくなったから、そのスキをついて屋上から突き落としたらしいの」
今まで俺は校舎の表側でロープに食料を届けたりしていたが、校舎裏には屋上から落ちた教師の死体があるらしい。
「それで、男は絶対に入れないって決めたらしいの」
「そういうことか」
事情は大体わかった。
「でも結衣も大丈夫なんだよな?」
「それが……屋上には屋根も無いし、トイレも」
「そ、そうなのか」
「雨も降ったし、風をひいちゃっているような子もいて」
そりゃそうだよな。栄養状態が良くない子ばかりだし。
とりあえず皆を休める場所に移動するしかなさそうだ。
ゾンビ災害が起きた時に逃げ込む場所は物資が大量にあるあそこだろうか……。
しかし、ゾンビの排除、移動の手段、仲間の協力、そもそも女子中学生からの信頼の獲得。
やらなければいけないことは山のようにあった。