12 36人の女子中学生
校庭で座り込んでいるとまた石が飛んで来た。
かなり離れたところに着弾しているから当てるつもりはないのだろうけど。
「帰れっ」
「やめなよっ」
風に乗って揉めている声が屋上から聞こえてくる。
俺の処遇について意見が別れているのだろう。
それでも石は次々に飛んで来る。
「くそっ」
やはり大多数には信用されていないようだ。どうしてだ?
そう思った時に白い石が一個飛んで来た。
と思ったらよく見ると、紙で包まれた石だった。
素早く拾って鉄製のスライド式門扉を開けて校庭を出た。
「やっぱり結衣のメッセージだ……なんだって?」
そこにはいくつかの驚くべきことが書かれていた。
――ネクロマンサーって、ゾンビに噛まれても感染しない人なの?
実は理論上そういう人物はいる。
ゾンビは呪いなので呪いが効かない人間、つまり悪意が強い人間はその可能性はある。
ひょっとしてそんな人間が彼女達を襲ったのか?
「あの様子を見るとヤバイ奴が彼女達を襲ったのかもしれない」
そしてさらなる問題があった。
ごめん。我儘言うみたいだけど屋上に逃げた子は36人いるから食べ物も水も全然足りないよ。逆に争いになっちゃうかも。
そう書かれていた。
中学生の女の子が36人……。
これでは妹にはほとんどなにも行き渡ってないかもしれない。
辺りを見回すとコンビニは校門からもすぐ近くにあった。
「そこのコンビニからなにか持ってくるから、今度は石を投げるなよ!」
屋上に向かって叫んだ。
それにしても俺と初音の生活基盤すらまだ完全には成り立っていないのに36人だと?
とりあえず彼女達全員に行き渡る食料と飲料を持っていくしかない。
コンビニの中は荒らされていたが……。
「よっしスニッカ―チョコの箱だ! チルリチョコもある」
こういう一個一個分けやすい物のほうが喧嘩にならないかもしれない。
「飲料も必要かもしれない。プラコップは……くそ。36人分ねえ。あ、紙コップもあったぞ」
合わせれば36個以上あった。2Lのペットボトルもある。
「200ccで分け合ったとして36人だと7.2リットルだと? くそっ!」
一回の水の消費で7.2リットルになってしまう。
あらためて頭がクラクラしてくるが、やるしかない。
2Lペットボトルも4本かごに入れた。
「ポテチもあるな。軽いのはいいかもしれない。ビタミンの入った飴の袋か。こいつはいいや」
お菓子はカロリーが高いし腐りにくい。
かごにそれらを詰め込んでまた学校に急いだ。
スライド式の門扉は閉めたままだからまたよじ登る。本当は内側から開けときたいがゾンビが更に入ってきてしまうかもしれない。
死霊術でゾンビを移動させるか物理的に倒して学校全体の安全を確保する手もありそうだが、今はともかく食料を送らないといけない。
校舎に近づいても今度は石が飛んでこなかった。
「お菓子と飲料を持ってきたぞ! リュックとロープを下ろしてくれ!」
すぐにリュックが下りてきた。
そのなかに食料と水を全て入れる。
だが、リュックはなかなか上がっていかなかった。
「おもい! 変なものを入れてるでしょ!」
「そんなもの入れてない! 2Lのお茶が4本入っている! 別けて入れる!」
せいぜい荷物は10kgで、向こうは数人で持ちあげようとしたはずなのに。相当弱っているな。
リュックから荷物を減らすとなんとか上がっていった。
またリュックが下りてきた。
結局三回にわけて上げていった。
36人だとこれでやっと1食分か2食分にしかならない。
彼女達が食べている時間を使って俺はコンビニを何度も往復して食料を校庭に運んだ。
食事を食べて回復したのか何人かから「ありがとう」とお礼の言葉も聞こえてきた。
少なくとも、もう石は飛んでこなくなった。
「残りの食料も上にあげてくれ」
大分信用されたのではないかと思うが、屋上にあがりたいという提案は拒否された。
「結衣に会いたいんだ」
そうすると、屋上でやや話合っている声が聞こえた後に結衣が出てきた。
「おにぃ!」
「結衣!」
やつれているが、紛れもなく結衣だった。
「大丈夫か?」
「私は大丈夫!」
私は……か。大丈夫じゃない子もいるんだろう。
「そっちは何人ぐらいいるんだ? どれぐらいの食料を運べばいいのかわからない」
知っていてあえて聞いてみた。
「お、教えられないの!」
やはり俺は警戒されているのだ。
「お前だけでも出ることはできないのか?」
36人の女の子は石を投げてきたとしてもそれはおそらく男に襲われたからだ。
罪はないから助けられるなら助けたい。
しかし、こうなった以上は結衣を無事を優先するしかない。
おじさんにも大切な人を守ると誓ったんだ。
それは大切な人に優先順位をつけるということでもある。
「無理だよ。3階にも屋上に行き来する階段にもゾンビは一杯だもん」
「俺の周りはゾンビが近づかないから大丈夫だ」
「でも、それでどこに行くの?」
家と言いかけて初音のことが頭にチラつく。
ゾンビ語しか話せない女の子と一緒に暮らしているなんて端から見たら狂気と思われるかもしれない。
言い淀んでいたら他の女の子が言った。
「ダメよ。そんなこと言って一緒に屋上に入ってくるのが目的かもしれないじゃない」
「おにぃはそんなことしない!」
妹が強い口調で言うが、聞き入れてはくれないだろう。
「おにぃ……皆を助けてよ!」
そんなことを言ったって36人だろ。
初音も敦子達クラスメートも妹達36人も。
食料を運ぶだけで毎日精一杯になるぞ。
とりあえず、二日分ぐらいの食料はあるだろう。
日暮れも近いので今日のところは帰ることにした。
「今日は帰るから明日また来るよ。必要なものをリスト化してくれ。出来る限り何とかする」
ともかくもう少し信用されないとどうにもならない。
明日も結衣の女子中行って、学校に行って……そんなことを考えながらスーパーでカセットコンロやカセットボンベ、非常灯や食料も物色する。
「五キロパックの米もあるぞ」
家の鍵を開ける。
出かける時は鍵をかけてきた。
「ただいまあ」
「(あ、おかえりなさーい。アキラ)」
初音だって不便しているだろうに本当に嬉しそうにおかえりなさいを言って迎えてくれる。
また明日も頑張ろうという気になった。
でも36人か。どうしようか。