10 異世界帰りのネクロマンサー
新章はじめました。
とある高校の校庭に女子高生がいた。
「いや、やだ。やめて……」
校庭に女子高生がいるのはなにもおかしくはない。
しかし、浮浪者風の中年男性がいるのはおかしい。
中年男性は少女にじりじりと近づいていく。
「こ、こないで。こないでよぉ」
少女は足を怪我して立てないようで手ではっている。
地面と擦れて制服のスカートがめくられ、あられもない姿で太ももを露出していた。
近づく中年男性がその太ももに飛びつく。
「いや、やめてえ! きゃあああああ」
その声を聞きながら校舎の一室で会話している学生達がいた。
「まだ生きてた子いたんだね……」
「驚いたね……」
「元気そうだったな……飯食ってたのかな……」
メガネ女子で優等生の伊藤咲良、陸上部全国大会のスポーツ女子の高瀬夏美、ギャルの中川敦子という女生徒たちだった。
彼女たちは防火シャッターを閉じて、三階の一角を安全地帯にすることができたのだ。
しかし、代わりに食料は、弁当を持ってきた生徒の残しと飲料しか無かった。
高瀬夏美が言う。
「ご飯の話しないでよ」
中川敦子が謝った。
「わり。またバケツにためた雨水でも飲むかな」
伊藤咲良が泣く。
「ひっく。清田くん、助けに来てくれないかな」
夏美が話題に乗った。
「そういえばゾンビがニュースになる前に清田くんと初音、アキラくんが消えたもんね。生きてるかも」
高瀬夏美の言葉に中川敦子反応した。
「アキラくん? なんで夏美がアキラをアキラくんっていうのよ? ひょっとして夏美もアキラが好きなの?」
「ち、違うわよ。敦子がアキラくんのこと、いつもアキラって言うから伝染ったのよ。私は咲良と同じで清田くん一筋」
「そう。ならいいけど」
伊藤咲良も話題に入った。
「でもなんで敦子はアキラ……鈴木くんにいつもひどく当たってたの? 宿題を見せろとか係りを代われとか。ゾンビ世界になってアキラ……もう鈴木くんじゃなくて……アキラくんでいいか。アキラくんのことが好きって打ち明けられるまでは絶対嫌っていると思ったよ」
「だって……アーシ。恥ずかしいじゃんよおおおおおおお!」
伊藤咲良、高瀬夏美がひそひそと話す。
「なんでギャルが乙女なのよ」
「見た目と中身が乖離しすぎてるのよね」
「大体、鈴木くんは多分初音が……」
「だよね……」
中川敦子がジロリと二人を見る。
「なんか言った?」
「「別に」」
三人の楽しげの声とは逆に陰気で刺々しい声を出したものがいた。
原田達也だ。
「お前ら元気だな。清田もアキラも死んだよ。っていうか何度も言ってるだろ? 男は俺以外死んだって」
高瀬夏美が叫ぶ。
「だからなに? また俺と付き合えとかまた妄想いうつもり? 頭沸いてるんじゃないの!?」
原田達也が笑う。
「ははは。付き合えなんて言ってねえだろ? 全員俺の女になれって言ったんだよ。ハーレムさ。これ食いたいだろ? 抱いてやるよ」
原田達也は手に持っているアーモンドチョコレートの袋をカサカサと鳴らして見せつけた。
「ふざけないでよ! 誰があんたみたいなクズと」
「おいおい。言っとくけどな。清田はさておきアキラみたいなチェリーと一緒にすんなよ。俺は結構モテたんだぜ」
事実だった。原田の顔は悪くない。
「実際、伊藤がよ。まあもう話したけどさ」
「もう聞き飽きたわよ」
原田達也と高瀬夏美の会話に伊藤咲良がビクッとした。
伊藤咲良はまだ世界に普通だった時、原田達也に付き合って欲しいと告白したことがあったのだ。
無理矢理求められたためにすぐに別れてしまったが。
中川敦子が原田達也を睨む。
「また隣の教室行ってしこってこいよ! クズ野郎!」
「へへっ。そろそろその必要なくなってるんじゃないのか」
原田は二日ほど前にも三人に迫っていた。
その時はキックボクシングも学んでいるスポーツ女子の高瀬夏美に撃退されたが、今、女子は高瀬夏美も含めて著しく体力が落ちている。
「ギャルの中川がアキラみたいなチェリーが好きだとは思わなかったぜ。でもどうせ死んでる。衰弱してから俺に無理矢理やられるよりも、あま~いチョコ食ってから俺と楽しんだほうがイイと思うけどな」
中川敦子が真っ赤になって立ち上がる。
「だれがっ……」
「そう言うけどよ。アキラだってこの状況でこんなチィートゥアイテムを持っていたら同じことしたと思うぜ」
原田はまたアーモンドチョコの袋をカサカサと鳴らした。
「アキラとお前を一緒にするな!」
中川敦子が拳を原田に打ち下ろす。
ところが原田はそれを簡単に掴んでしまった。
「へへへ。お前らもう、相当弱ってるな」
高瀬夏美が助けようと立ち上がったが、すぐに膝が折れてまた座ってしまう。
「くそ」
「どうやら、俺のハーレムはついに完成したみたいだな」
その時、中川が原田の顔に唾を吐いた。
「このビッチギャルが!」
原田が中川を頬を思いっきり引っ叩く。
「きゃっ」
「へへ。悲鳴は可愛いな。そそるぜ」
中川が舌を上の歯と下の歯に挟んだ時だった。
「おーい! おーい! 敦子~いるんだろ~!」
ゾンビと強姦魔に支配されたこの状況に全く似つかわしくない、間延びした掛け声が校庭からのほうから聞こえてくる。
伊藤がよろよろと立ち上がり窓から外を見た。
「アキラくん」
教室の全員が「え?」という顔をする。
「お~伊藤よかった。生きてたんだな。敦子も高瀬も無事か~?」
三階の教室からはカーテンが垂れ下がっていて、そこに中川の口紅で「助けて」という大きな文字と三人の名前が書かれていたのだ。
「ぶ、無事だけど! アキラくん早く逃げて。後ろにゾンビが! っていうか前にも横にも!」
「あ~、俺は異世界帰りのネクロマンサーだから大丈夫だよ~! そんなことよりお前ら腹減ったりしてないか~?」
「い、異世界帰りのネクロマンサー!?」
◆◆◆
三階の防火扉の向こうからアキラの声が聞える。
「付近のゾンビは死霊術で二階におろしたからもう大丈夫だ。開けてくれ」
三人の少女が顔を見合わせる。
後ろで原田が言った。
「開けるな! ゾンビが入ってくるぞ!」
三人の少女は原田を無視して防火シャッターを上げた。
ゾンビはいない。いたのは大きなリュックサックを担いでいる少年一人だった。
「よ。お前ら生きててよかったなぁ」
「ア、アキラくん」
誰が言うとも無しに少女たちはアキラに寄っていった。
「わ、わわわ。なんだよ。そっか腹減ってるんだな。食い物一杯持ってきたぜ!」
「ち、ちげーよ。お前が無事だったから喜んでやってるんだよ」
ギャルの中川が怒る。
「そっか……とりあえず防火シャッターを閉めよう。この死霊術はまだ長くは使えない。どうやって閉めればいい?」
伊藤が閉め方をアキラに教えた。
アキラはテキパキと防火シャッターを閉める。
皆その場で座り込んだ。
「おお。原田も無事だったのかよかったな。はは」
「お、おう」
アキラが原田に話しかけながらリュックサックを下ろした。
「妹の女子中にもいかないといけないから全部はやれないんだけど、カロリーフレンズだろー、キッズカットだろー、鯖缶だろー、ボカリスエットもあるし、栄養ドリンクのレッドドックもあるぜ」
伊藤が目を白黒させる。
「こ、これ。貰っていいの?」
「そのために持ってきたんだよ」
アキラがカロリーフレンズを伊藤の手に乗せた。
「た、食べていいの?」
「腹減ってるなら食ったほうがいいぜ」
二人は貪るように食べはじめた。
「あれ? 原田と敦子は食わないのかよ」
「あぁ。食うよ」
原田もそう言って食べはじめた。
「敦子は?」
「う、うん。食べるけど、なんかアキラ変だし」
「そうか。まあ色々あっただろ? 変わっちゃおかしいか?」
「い、いや……その……まあ……悪くないっていうか……」
アキラが急に真剣な顔になって中川の肩を掴む。
「お前、頬怪我してるじゃんか」
「あ、これ……ゾンビにやられたの……」
「噛まれたわけじゃないな」
「う、うん」
アキラが息を吐く。
「よかった。お前までゾンビになっちまったら俺……悲しいよ……」
「な、なんで? アーシ、アキラに……ひどいことばっかり……」
アキラが中川の頭を撫でる。
「俺さ。妹の女子中を目指してたんだ。でも俺の家からだとここ通り道だろ?」
「う、うん」
「校舎を見たらカーテンにお前の名前が書いてあるのが見えたんだ。嬉しかったよ」
中川がボロボロと泣きはじめる。
「お、おい、なんで泣くんだよ。腹減ってるのか?」
「ちげーし!!!」
「鯖缶食えよ。美味いぜ」
「せめてカロリーフレンズか、キッズカットを薦めてよ!」
◆◆◆
アキラは少しだけ小さくなったリュックサックを教室に来たときのようにまた背負っていた。
「じゃあ俺は行くからさ。また絶対に助けに来るからな」
「い、行っちゃうの。やだよ怖いよ」
「敦子……お前に頼みたいんだ……これ……」
アキラはふところから銃を田中に渡した。
「じゅ、銃?」
「ああ。このなかで俺と一番仲が良くて信頼できるお前に預ける」
「アキラ……くん……」
「もし、またお前の頬をはたくようなゾンビがいたら遠慮はいらない。撃っとけ」
アキラが原田を見る。
原田は気まずそうに目をそらした。
「わかった。待ってるから早く来てね。アキラ……」
「ああ。必ず。なんたって俺は」
田中はアキラの唇を手を置いた。
「わかってる。異世界帰りのネクロマンサーなんでしょ」
アキラは笑って防火シャッターを開けた。
ゾンビはいない。
「俺の死霊術が解ける前に早く閉めろよー」
「うん。気をつけてねー」
三人の少女はシャッターを閉めて、校庭を走る少年に窓から手を振った。