第五話 初めての○○
辺りは少し暗く、人がいない。左右から差し込む光。ここは……路地裏だ。
「兄さん……は?」
涙ながらにそう呟く真鈴さん。
やっぱり寂しいのだろう。
「安心していいよ。何かあったら僕が助けるから」
こいつは性格も言動もイケメン過ぎる。
「あの〜、さっさと路地裏から出ない? とても気味が悪くてもう嫌なの」
リリアが皆に対してそう言った。
「私、兄さんの所に行きたいです!」
「きっと大丈夫だから」
イケメン野郎は真鈴さんの頭を優しく撫でる。
「あ、ありがとう!」
くっ。真鈴さんが。か、可愛い。
あ、よそ見してたらリリアが一人でどっか行っちゃっじゃん⁉︎
「おい、お前! 追いかけるぞ。あと、真鈴さんかな?」
「はい!」
真鈴さんは返事をした。
「ちなみの僕の名前を言っておくよ。僕はアラベルだ。『お前』などではありません」
「分かったから」
俺は真鈴さんの手を掴み、路地裏から出ると、
目の前には沢山あちこちを歩く人々がいた。
そして、いつでも戦えるように、殆どの人は何かしら武器を持っている。
「もう訳分かんないや」
思わず立ち竦む。聞こえてくる異世界の言葉。日本とは違いすぎる街並み。もはやここは未知の世界そのもので、そう呟くしかなかった。
「てっきり日本に帰ったかと思ったんだが」
それな!
「けど安心していいよ。ここは僕が知っている世界だ。それにしても、久しぶり過ぎて」
「す…ご〜い!」
真鈴さんの表情が少しばかり明るくなった。
「えっ?」
あっ。
明らかに見覚えのある人が。
「ちょっと待って! リリア!!」
「付いて来ないで!!!」
鋭い目でそう言っていて、俺が知っているような感じなどではなかった。
「どうした? 何かあったのか?」
「もうあんたには用がないの。それだけ。だから、さようなら」
「でも、仲間になる筈だったろ?」
「いつまでとは言わなかっよね? だから大丈夫なワケです」
「酷いよ、それは。信用してたのに」
「そもそもあんたが悪いのよ。知らない人を信用なんてするから」
「分かった。俺が悪かった。でも……」
「さようなら」
リリアは人混みに紛れ込み、すぐに見失った。
それと同時に美少女と付き合える未来が…。
「どうしたんだ? そんな暗い顔なんかして。僕に出来ることなら…」
「俺は甘かった……のか」
「さっきの人は仲間じゃないのか?」
「仲間”だった“。今はただの知人程度。友達ですらない」
「大丈夫ですよ?」
慰めようとしてるのか、そう真鈴さんが言う。
「そうだな。落ち込んでいても何も変わらない。まずは……お金が必要になるし、果物でも売ろう」
「それはどこに?」
「後ろの変なリュックにだ。とりあえず、果物屋は?」
「あっちにありますよ」
真鈴さんがそう言い、二百メートルぐらい先にある店を指差した。
「ありがと」
俺らは果物屋に向かった。
するとーー
そこにいた人が「ナサラマニオ」なんて意味不明な言葉を発していた。
「ナサラマニオは挨拶だから。これ重要!」
アラベルがいかにも知ってそうか感じで言う。
「そうなんか。って、いやいや。なんで知ってる?」
「普通にポニュニン語話せるから」
「いやいや、だからなんだ? その、ポニュニン語って」
「異世界の言葉だ」
「ポニュニン語話せるなんて凄いですね。羨ましいです」
真鈴さんもすぐ信じるし!
「それほどでも〜」
「照れなくていいから。店主さん困ってるから。それより果物売ってもいいかって聞いてくれ」
「はい。%$×=*^-#」
マジか。普通に話せてるし。そして、うん。笑えるぐらい何を言ってるのかさっぱり分からん。
「店主さんは『全然オッケー』と言ってますよ」
「じゃあ」
俺は葉っぱで出来たボロいリュックから例の果物を手に取り、店主さんに渡した。瞬間ーー
「☆$°*:<#♪」
目がかなり輝いていた。それも、驚く程。
「うぉ、凄いらしいです。五百万ホキルの価値があると言っていてーー」
「ホキル?」
「単純に言うと、この世界の通貨」
「ちなみに日本円で言うと?」
「ん〜。はっきり言って分からん」
「まぁ、いいや」
俺は多額のお金を貰うと、さっきのことなんか忘れてこの嬉しさに没頭した。
「俺、やっと金持ちだぁぁぁあ!」
「そんなに無防備だと盗まれるぞ?」
「あっ」
アラベルの言う通りだ。今の状態は無防備すぎてすぐにでも奪われてもなんらおかしくない、と言える程だ。
そして、突然現れたのだった。
「あ、航太だ! なんて偶然。また会うことになるなんて」
「さっきの人が戻ってきたみたいですけど」
真鈴さんが不安そうに言う。それが表情からも読み取れた。
「もしかして跡をつけていたのか?」
「そんなことあるワケないでしょ。偶然よ。本当に偶然なんだから」
これには何か裏があるのは丸見えだ。
「で、どうするつもり?」
「どうって、あんたと一緒に行動したいの」
俺に好意がある訳ではないだろうし、きっと今手元にある金が狙いなのだろう。
「さっきは、もう仲間ではないとか言ってたのに?」
「私、気付いたの。あることに」
「あることって?」
「あんたのことが好きになったみたいなの。もうっ、こんなこと言わせないでよ」
ナニ? 俺のことが好きになった?
表情から察するにこれは嘘だ。
恋した乙女の顔になってないからな。
「本当なら俺にキスしろよ」
「……それは…」
「ほら見ろ、嘘だな」
「嘘なんかじゃないんだから」
そして、徐々に近づき、顔と顔の距離があと数センチの所で止まった。と思ったがーー
「おっと、すまん」
俺は背後から何者かに押された。
次の瞬間、押された勢いでリリアにキスをしてしまった。
「んんーーーー何してんのよ馬鹿!」
バチン!
痛っ! なんで俺がビンタされなければならないんだ? 俺は何も悪くないのに。
「あんたにキスなんかするワケないでしょ。馬鹿!」
「ビンタはやめろ。痛いんだぞ? それにさっきのは俺、全く悪くないから。後ろから誰かに押されただけだから」
「そんな嘘通じる筈ないでしょ。いくらなんでも」
「嘘じゃないって!」
「あぁ、私の初めてのキスが……こんな人と……。こうなったら今ある金全て渡しなさい! それで許してあげるから」
何やら周りが騒がしくなり始めた。
「さっきのは悪かったから。でも、金を全てっていうのは……」
「何よ。本来ならそれでは許さないけど今回は特別にそれで許してあげるんだから私に感謝しなさい!」
「じゃあ…」
俺は仕方なく金を渡そうとしたがーー
「°→☆♪¥€$<^#(あれは恐喝だ! 今すぐ捕まえろ!!)」
近くにいた人々がリリアを捕まえて何処かへ連行されようとしている。
「離して! 私は何も悪いことはしてないんだから。離して!!!」
「+*°☆<$」
ポンッ!
あ、消えちゃった。
「いなくなりましたけど…」
「しばらくは大丈夫だろう。それより……」
シュッ!
とあるものが目の前を一瞬通ったのを俺は見逃さなかった。
「チャリ⁉︎」
「こればかりは僕も分からんぞ。それにしても変だな。」
「……」
俺はそれ以上追求するのをやめた。
「さてと、もう夕方だし、宿屋を探さないとな」
「それは僕に任せろ! さっき言った通り僕はこの世界の言語が話せるから」
「じゃあ、任せた! で、君は何がしたい?」
「私ですか?」
「そう」
真鈴さんは少し迷ったようだった。まぁ、何をしたいのかと聞かれてもそうなるよな。
「え〜っと、この街をブラブラ歩きたいです」
「そうか。そうしよう」
◆ ◇ ◆
それから一、ニ時間が経過した。
「ところで、この後はどうするつもりですか?」
「あ〜、それか。実はよく考えていないから分からんや。しかもこんなに金があるし。家でも買おうかな、なんて買える訳ないか」
「いや、買えるかもな?」
「マジか…」
「情報屋に訊けばいろいろ分かる」
「で、居場所は?」
「ギルド」
「ギルド? 俺はなんてことを忘れてたんだ! 異世界といえばギルドなのにな」
「それではギルドに行こうではないか!」
「で、ギルドの場所は?」
◆ ◇ ◆
「なんやねん! お前のせいでもう夜じゃねぇか‼︎」
「ギルドに着いたし、もういいだろ」
「いやいや、そんな問題じゃないから!」
「まぁ、最初はそんなモンだよ。それに、さっきの人が運良くきちんと教えて頂けたのを忘れたのか?
あの人は知ってたんだよ。ギルドの場所が」
「そもそも、異世界の人らは何なんだ⁉︎ 情報なさ過ぎだろ! だから情報屋があるんだろうけど」
「そうだろうね」
「でさ、あの爺さんなんか情報屋っぽくね?」
「っぽいね」
「お前が聞いてこい! 俺はここで真鈴さんと待ってるから。真鈴さん、それでいい? あれ? 真鈴さん?」
うそ! 真鈴さんがいない。
「真鈴さんがいねぇじゃねぇか⁉︎ おい、お前のせいだろ」
「だから違うって言ってるよ」
「異世界人のせいってか?」
「そう、その通り」
「お前が俺の後ろにいたのに?」
「……」
「ちなみにだけど、情報屋が真鈴さんがどこにいるのか知ってたりするかもよ?」
「そんな訳ないだろ! 普通に考えて。そこのテーブルで座って待っとく」
俺はテーブルに座りしばらく待った。
すると、いつの間か寝ていたんだが、目を覚ますと隣に俺と同い年? でツインテールの少女と5歳ぐらい? の髪の長い幼女がうつ伏せになりながら寝ていた。
なんか可愛い…。癒される。
「おーい、一旦こっちに来い」
「なんだ?」
「いいから、こっち来いよ」
俺は正直この席から立ちたくなかったけど仕方ない。
仲良くなりたかったなぁ。
「ちょっと爺さんに近づいてみて」
「何かやんのか? 魔法か?」
「ハッ!」
俺の前にいた爺さんは俺に向かって一瞬、白い光を放った。
「痛っ!」
「よし、これで大丈夫のはず。さぁ、金を払うんだ」
「払いたくねぇよ。さっきの痛かったしなんなんだよ急に?」
「さっきのでこの世界の言語が使えるようになったから感謝を込めて代金を払うんだ」
「まさか?」
「良かったな、小僧よ」
爺さんスゲェ。
「本当に有難うございます! 代金は幾らですか?」
「今持ってる金全部だよ、小僧」
は? なに、その笑顔?
「全部は流石に……あれ?」
金が袋ごと忽然と姿を消した。
「代金はもう受け取りましたので大丈夫だ。また来てくれ、小僧よ」
は? もう来ねぇよ。ぼったくり野郎!
「ちょ、これどういうことだ?」
「いやぁ、なんかね、代金はいくらかって訊いても『最後に金額を言うから安心しな』とか言ってて、まぁ、いいやと思ってたけど違ったっぽいね」
「俺の貴重な財産が……」
「もう、家は諦めようか」
「そうだな、って待て待て。これ、全てお前が引き起こしたじゃん⁉︎ どうすんねん? 異世界で貧乏生活の始まりか?」
「すまん、すまん! 僕が悪かった。だから、忘れてくれ、な?」
「忘れるかよ、ボケ!」
「あ、痛い痛い」
「ふぅ。スッキリ」
「サンドバッグ代わりじゃないからもっと優しく接して⁉︎」
「優しく殴ってほしいってか?」
「違ーう」
「で、話を戻すと、お前が俺の金を返して貰うことになる」
「分かった。バイトして返すよ」
「責務だからな。早く返さないと少しずつ返して貰う
金額が増える。それでいいな?」
「何それ、ズルいぞ?」
「何しろ金が無いんだ。だからよろしく」
「あー」
やつが頭を抱えて悩む。
「分かったよ。そうする」