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美積文の問題

 一人称の場合、ほとんど情景描写を省く高田の人ですが、癖です。

 三人称の場合、ほとんど行動描写を省く高田の人ですが、癖です。



 小金色に染まったススキの野原が柔らかな風にのって囁く。ざざざと、葉擦れの波が押しては引くさざなみのように耳をくすぐる。

 目を閉じて暗闇に身を委ねてみれば、そこにあるのは小金の海か、水の海か。

 ただ音だけを頼りにして、山中の海辺を楽しんでいると、ザクザクと草を掻き分ける足の音が聞こえた。あぁ、この無粋で雑な足の弾ませ方は氷川里美に違いない。賭けても良いと、少年は瞼を開いた。

「あ、やっと見つけた。アンタいっつも一人で隠れん坊でもしてるわけ?」

「一人カクレンボなんて怖いこと出来ないよ。ただ、ススキの秋を楽しんでいただけ」

「嘘」

 草を踏みわけるその足は雑だというのに、その耳は繊細だから少年は常々困る。

「思い出していたんでしょ? 前の街のこと。転校してくる前は海辺の街で暮らしていたって話じゃない」

「いくら僕でもススキの野原と水の海辺の違いくらい分かるさ」

「嘘」

 これで二度目になる。あるいは少年よりも少女の方が良い耳をしているのかもしれない。

 波が来た。海辺から大きな波が来て、少年の生活を浚っていってしまった。

 父と母は海辺の街で何とか頑張っているが、少年は学業にこそ精を出せと、この山間にある母方の祖母の家に預けられたのだ。

 山の中に見つけた小さな海。色は大きく違っても、音はそこはかとなく似ていた。

「瞼を閉じるとね。なんだか落ち着くんだよ。ザザザって音と一緒に育ったからかな? 海の音、波の音、日々の音に似ているんだ」

「海の音って、ざっぱーんでしょ?」

 少女が口にする、情緒の欠片もない擬音描写に少年は苦いとも甘いとも言えない笑みを浮かべた。ざっぱーんは、きっと里美の足の音だよ。こっそりと心の奥底でツイートしておく。

 海の音はざざざだけでは無かった。波が押し寄せる時の音、波が引く時の音、そしていつまでも引くことのない地響きのような音。それは嫌な思い出だった。けれど、孤独に溺れる少年にとってはただ一つの海との繋がりの音のような気もしていた。

 家には祖母が居る。未だ元気にトラクターを走らせる祖父も居る。隣というには少しばかり離れすぎている気もするが、里美とその兄も居た。兄の方には、夏休み中よく構ってもらったもので気心も知れていた。孤独というには少々騒がしい日々。だけど、少年は孤独だった。

 もしも少年が詩人であったなら、その孤独を誰かに打ち明けられただろう。

 ただ、酷い目にあった子。それ以上の言葉と感情は伝わらなかった。終いには、「自分一人だけが苦しんでいると思うな」という心無い言葉すら返ってきた。

 同情してほしいんじゃない。ただ、解って欲しいだけなのに。それを上手く伝えられない少年のつたない言葉は、耳には届いても心には届かなかった。

「昔を懐かしむのも良いけどさ……この辺は出るよ、熊」

 海辺のことに思い馳せていた少年の耳に聞き慣れない言葉が表れた。海辺には魚だ、熊はない。

「月の輪だけど、舐めてたら殺されちゃうから。最近は、異常気象って奴? あれのせいで山に餌が足りなくて、けっこう降りてくるんだけど、それでも隠れん坊を続ける?」

 少年は忙しく首を振った。

 ノスタルジックとロマンシズムに浸っていた幻想は、熊という一言の現実によって打ち砕かれた。熊はない、熊は。月の輪は幻想的だけれども、そこに熊が付けば現実になる。

「じゃあ、帰ろうか。馬鹿の兄貴の馬鹿が迎えに行けってうるさいのよ。たまには自分一人で帰ってきなさいよね」

 少女の男っ気の無さを心配をした兄の真司のはからいなのだろうが、それについては、ありがたありがた、迎えに来てくれるなら里美のような少女が良い。少年の心を少女の兄は見抜いていた。ついでに言えば、少女の心を少女の兄は見抜いていた。

 夏のあいだだけ来て、遊んで帰っていく。残していくのは楽しい思い出だけの少年。それはちょっとばかりズルいんじゃないかと里美は鼓動の早さを確かめながら少年に手を伸ばす。

 ススキの野原に寝そべっていた少年に手を伸ばす、この瞬間が一番にくる。その手をグッと握りしめられて立ち上がる瞬間は二番。そして、立ち上がった少年が手を放す瞬間は最悪だった。余韻が足りない。もう少しだけ、ぬくもりが欲しい。

 一瞬確かに感じた温かさが、秋風の冷たさに上書きされると、心臓の高鳴りは切なさへと変わりゆく。秋風は身に染みるだけではなく、心の隙間にも染み入るものらしい。

 少年がロマンチストだというのなら、少女もまた人一倍にロマンチストだった。

 少年と少女、いまだにむず痒く、相手の心に触れるか触れないかのくすぐったい関係のままに、二人は横並びとなって小金色の海に影を落とした。

 夕焼けが赤を増すと、二人の影も長く伸びきって、でも、触れそうで触れない平行線を形作る。伸びても、伸びても、決して埋まることのない二人の微妙な隙間を秋風が冷たく通り過ぎて、ススキの海にざざざと草擦れの波音を鳴らす。

 今、隣を歩く少年を、この波の音がいずれ浚っていってしまうのではないか。少女はこのススキの音が嫌いであった。少年が引っ越してくるまではただの草の音でしかなかったのに――。





 という具合で、文字は積もるのに話がまったく進まんのですよ!!

Q:ええい、ピーをピーに突っ込むだけの話にこんな細々とした描写が必要だというのか!?

A:はい、必要です。


 一人称と三人称でどうしてこうも変わるのか。三人称で冒険したいのに、乙女チックな文章になるのは何故なのか? 解せぬ……解せぬわ!!

 三人称でバトろうとしているのに、謎の乙女心が……高田田子ちゃんが邪魔を……。

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