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ぼくとあいつと瀕死の彼女と髙田の人。


『ぼくとあいつと瀕死の彼女』を手にした、読んだ、こころが折れた。

 白血病の彼女と、どうしようもないボクと、どうしようもない家庭に生まれたあいつ(それこそ父親不在で異父兄弟がドラッグ売って生計を立てているくらいのどこにでもあるどうしようもない黒人家庭の生まれ)が、映画製作を通じて心をかよわせるのかといえばそんなこともなく、彼女が白血病で瀕死だからといって恋が始まるわけでもなく、人の死を目の前にしてなにかの成長を果たしたのかといえばそういうわけでもなく、つまり頭からケツまで何があったわけでもないというどうしようもない小説を読んで、髙田の人までもがどうしようもなくなった。

 読者が望んでる澄みきった涙とか、生命の尊さであるとか、ヒューマニズムあふれるアットホームとか、そういうものに対して両手の中指だけを立ててファックのひと言で済ませちゃうような、そんなクソッタレの小説とアルコールの勢いが化学反応を起こして、シフトキー&デリートキーなんていうPCの使い方として、やっちゃいけないことの上から五番目くらいにあたることをしでかしてしまった。

 

 スッキリした。

 後悔もした。

 アルコール漬けの脳みそのクセに、ファイル消去のあとにデフラグまでかけて、それがファイル間のセクタの隙間を埋めるような丁寧な仕上がりだったものだからファイル復旧の望みも潰えて、どうして衝動的な馬鹿のくせに計画的な確信犯なんだと田の野郎を恨みもした。が、田の気持ちもわからなくもない。

 それだけ、『ぼくとあいつと瀕死の彼女』が凄まじかったんだ。


 そんなわけで、電撃文庫とハヤカワSFの公募用に仕上げていた原稿が上書き保存されてプチッと消えた。小手先の技術だけを用いて、魂や感情を込めることもなく、冷たくも優しいきれいな生産機械に徹しようと決めていたアベレージヒッターな原稿が消えてしまった。

 

 圧倒的な個性を必要とされるのは確かな技量を伴ったうえの話で、技量が伴わない魂の叫びとはつまりただの悲鳴で、聞くに堪えないもので、魂を引き裂かれるような悲鳴が哀愁漂う嘆きの歌声に変わるようにと地道に訓練し続けてきたこの一年間を、田の野郎ときたらシフト&デリートキー+デフラグなんて用意周到な手段でもって、完全に否定しやがった。

 

 佳作ではあった。

 だが、ロックではなかった。

 つまり、気にいらなかった。


 徹底して読者のニーズに応えた生産機械の顔で書き上げたそれは、そこそこ、娯楽対象の小説としての要求を満たしていた。ただ、こころに残るものは一欠けらもなかった。毒にも薬にもならない磨き上げられた富士の湧水みたいな小説だった。

 

 毒にも薬にもならないと言えば世間では悪評のひとつだが、そもそも、毒や薬ばかりを口にしている生活というのはそれこそ不健康極まりないだろうと髙田の人は思う。だから、水のような小説があっても、いっときの清涼感や爽快感だけが残る小説があっても、読めば読むほど馬鹿になるような小説があっても、それはそれで健康的な世の中なんじゃないかなと髙田の人は思う。

 

 苦々しさなら世の中だけで結構だ。ドロリと黒い人生を、それでも飲み込むためには水のようなさらりとした小説が無ければならない。そのように世間を見極めて髙田酒造は磨き上げられた水という謎の商品開発に手を出したというのに、一部の頑固な職人に造反された。

 

 他人向けの小説を書いている間、ずっとストレスフルの状態だったから、すべては予定調和だったのかもしれない。『ぼくとあいつと瀕死の彼女』に出会わなくても、そのうちに我慢の限界が来ていたことは間違いない。

 小説を読みながら、「おまえが作るべきものはコレじゃないだろ」と語る主人公の心情に重ね合わせた田の心が、「おもわずやっちまったよ」な結末がコレであったこともいなめない。

 言ってしまえば、恥ずかしくなったのだ。

 どこかで見たような展開と、どこかで見たような言い回しと、どこかで見たようなキャラクター群が、薄っぺらな人生劇場っぽいことをしでかして、お涙ちょうだいと媚びへつらうような作者の軽薄な人間性が明け透けに見えてしまって、人生における黒歴史の全てのページが一度に開かれたほどに恥ずかしくなったのだ。

 だから消した。全部を消した。跡形もなく消した。


 ほんとうに、やっちまったよ。

 たぶん、この破壊衝動そのものが未来から見たなら黒歴史の一つだよ。

 あーあ、なにやってんだかなぁ……。

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