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田脳世界 ~アナクローム幻想記~ 雪の御山様

 多数派が正義であるなら、生命はきっと悪なのだろう。

 月齢13.5、空は満月、雲は多く、きまぐれのような切れ目から射した月明かりが雪に染まった山の風景を照らしていた。

 世界は静寂と死に満ちていた。

 黒みがかった銀世界。天も地も、その狭間もすべてが黒灰。

 雪の吹ぶく山とはそういう世界だった。

 山の上から空を仰ぎ見て思う。

 この宇宙で、生命は、あまりにも少数派だ。

 息づくものが自分ひとつしかない世界だったから、なおさらに思う。

 ここに居ることが場違いであるような気がして、いっそ、間違いであるような気にもなった。

 命の宿らない世界があまりにも綺麗だから、生命が悪であるとか、そんなことまで思ってしまった。


 丘と呼ぶには大きくて、山と呼ぶには大げさな、近所の小山。

 雪白の山をさらに白色で隠すようにして、空からは雪が降る。

 山用の靴、ホッカイロを仕込んだトレッキングシューズの紐を固く縛って、ヒートテックのインナーに長袖のシャツ、厚手のパーカーにダウンジャケットを羽織って、それから靴下は二枚履いて、雪の降る山に挑んだ。

 皆既月食の夜のこと、ほんの数日前の、1月の31日のことだ。

 その日の山は、ありがたいことに無関心な顔をしていた。

 こればかりは一歩目を踏み入れるまでわからないことだ。

 用意に用意をしたあげくに、山に嫌われる日もある。


 幽霊であるとか神仏であるとかは、あまり信じていないほうだ。

 あまりと付くのは、無ければ無いで寂しいからだ。

 ただ、他人の言う霊界の話となれば、まったく信じていない。

 霊で無いほうの物理化学の世界がこれほどまでに複雑怪奇だというのに、誰それの語る霊の世界はあまりにもシンプルすぎる。あまりにも原始的にすぎる。あちら側にもう一つの世界があるにしても、こちら側の世界と同程度には複雑なはずだろう。

 だから、六法全書ほどにも複雑ではない霊界の話は、まったくもって信じていない。天国とか地獄とか、神とか霊とか悪魔とか、善とか悪とかが、一次元に行儀よく並んだ世界など大雑把にもほどがある。


 ただ、信じる信じないを別にして、なにか勘づくときがある。

 最初の一歩、山に足を踏み入れたとき、入ってくるなと言われたような気がするときがある。引き返すしかない。どれだけ用意をしていても、どれだけ楽しみにしていても、これは引き返すしかない。なにせ、脚はすくみ、やる気はしぼみ、布団が恋しくなる。文明の利器に埋もれたくなる。

 人の世界に溺れ、自分が何者であったかを思い出したくなる。


 入ってくるなと言うときもあれば、入ってこいと言われるときもある。

 そんなときは、もちろん引き返す。

 好まれるにしても、嫌われるにしても、相手は選んだほうが良い。

 丘と呼ぶには大きくて、山と呼ぶには大げさな小山が相手でも、人間とくらべたなら大きいにもほどがある。

 じゃれつかれた相手がクマやライオンなら、人間、簡単に死ねるものだ。

 だから、山に入る日は、山が無関心の顔をしている日だけと決めていた。


 雪が降っていた。

 雨でないだけマシだった。

 雪は積もってこそ邪魔になるものだが、降ってくるぶんには雨よりも動きの邪魔にならない。

 二枚靴下にホッカイロを仕込んだトレッキングシューズは防水で、雪のなかを歩くくらいのことで弱音をあげたりはしない。息のほうはあがった。ぜーぜーと。


 適当な広さの原っぱ。いまは一面の雪の原っぱ。

 背負い鞄から取り出したストーブを組み立てる。

 ペンキを入れる小さなバケツのペール缶、少しだけ日曜大工したブリキ缶のストーブ。燃料は燃えるゴミに灯油が少々。ティッシュに油を染み込ませ、マッチを投下すれば着火も完了。

 焚火の光が揺らめくすがたも嫌いじゃないが、焚火の灯りは長丁場に向いていない。

 煙が出る。煤が出る。毒である一酸化炭素まで出る。

 一時間、二時間、ぼんやりと火を眺めている時間は幻想的だが、気がつけば燃えカスの煤に化粧された顔になっている。何処かの工場帰りの顔になっている。

 夜通し焚火の灯りを眺めた帰り道、「お疲れさまです」とすれ違う人に声を掛けられたこともあった。火遊びの帰り道だというのに勤労の人と間違われたらしい。


 アウトドア派の顔をして、焚火で肉や魚を焼いてみたこともあった。

 黒い煤にまみれて食えたものではなかった。

 鍋でお湯を沸かしてコーヒーブレイクを気取ってみたこともあった。

 水に煤が溶けて、自然のうちにブラックコーヒーが出来上がっていた。

 IHやガスのコンロが、人類の偉大な発明のひとつであることを思い知った。


 そんな大昔の失敗談を思い出しながら、ペール缶のストーブでお湯を沸かした。

 水源の雪なら至るところにある。

 丸い雪玉をふたつ握って上と下、雪だるまがとけていくさまを見届けた。

 わざわざ雪の壁を造って、沸騰したお湯で攻城戦をしかけてみたりした。

 缶コーヒーを湯煎して、ホットコーヒーを楽しんだ。

 そうやって、雪降るなかで暖をとっては雲に大きな切れ目が来るのを待った。


 結果から言えば、皆既月食は見られなかった。

 雪は降りやむことなく、雲は途切れるところを知らず、自然は人間の都合など気にもとめなかった。私個人の都合など、もっとだ。

 こういうとき、なぜだかすごくホッとする。

 自然の見せる無慈悲な顔にホッとする。

 平等、公平、中立、まさしく正義の体現だ。

 命の宿らない世界は偏りを知らず、つねに正しい。

 間違っているとすれば、大きな切れ目のなかった分厚い雲を恨みに思う私こそだろう。


 皆既月食のあった時間をとっくに過ぎて、それでも残った燃えるゴミをストーブに放り込みながら、燃え尽きていく紙切れたちを独りぼっちの世界で眺めつづけていた。

 夜も、雪も、ただ深くなっていく世界で独り、火を燃やし続けた。

 妙な考えが浮かぶのは、決まってこんなときだ。


 平等で、公平で、中立な、白い雪の夜の世界で、たった一人、火を絶やさずにして生きている男が居る。なんだかそれは場違いなような気がして、なんだかそれが間違いなような気がして、だから思った。


 多数派が正義であるなら、生命はきっと悪なのだろう。とか。

 世界が静寂と死に満ちていたから。清く正しく美しかった、から。


 火を消して、死に逝く世界に体を預けたなら、きっと楽になれる。白くて正しいものになれる。それは、とてもすてきなことで、とても素晴らしいことで、とても魅惑的なお誘いだった。

 もしも自分が世界で最後の人間だったなら、こんな終わりも悪くない。


 ただ、こんなところで凍死体になっては世間様の迷惑だ。そういうわけだから、さっさと帰り支度を始めた。山といえば帰るなと言っているような気がして、だから、さっさと山から下りた。

 人間、付き合う相手はよく選ぶべきだ。

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