田脳世界 ~アナクローム幻想記~ 夏の本コワ
夏にはやっぱりゾクリとくる怖い話ですよね。
生きてます。生存報告です。ワンターレンさまがみてる。
我が社は、商品開発の九割を外注しております。
こんな文章が社外向けのパンフレットに記載されていたとしたら、その会社と付き合いたいと思う企業は存在しないだろう。でもそれが、情報誌を除いた出版業界の現状だったりもする。
確かに新聞や雑誌の記者にもフリーランサーなど外注の人は居るけれど、正社員である記者も、しっかりと居る。ファッション誌などの専門誌では、殊更にその傾向が強い。
では、同じく紙面を文字で埋める作家となればどうだろう。……正社員の作家など、聞いたこともない。せいぜいが連載期間中の一時的な契約であるから、トヨタの期間工とさして扱いは変わりない。雇用保険が利かないぶん、福利厚生の面から見るとさらに悪いともとれる。
これはなにも小説に限ったことではない。漫画や新書のたぐいだってそうだ。
業界のことを悪し様に言って、やり玉に挙げているわけではない。ただただ事実を述べているだけにすぎない。事実がすでに悪し様だというなら、それは自分が悪いだろ。常識的に考えて。
さて、出版社側もそれを理解してのことか、作家は専業であることよりも、兼業であることが好まれている。契約を打ち切ったあとの作者が路上生活者になられても風聞が悪い。枕も高くして眠れない。「お前らのせいで俺の人生が台無しだ」と火炎瓶片手に乗り込まれても、これは困る。
そういった意味では、娯楽小説や文芸の世界は優しい部類であると思う。締め切りは確かに存在する。けれどそれは、兼業であることを念頭に置いた上の、小説の側が副業であることを念頭に置いた上での話だ。
「オマエの生活なんか知らんから」なんて無視されることも多々あるのだろうけれど、そこは個々人が対応すべき話であるとも言える。ひとこと、「ご縁がなかったと言うことで」と口にすれば、それで済む話でもある。
なにせ主業があるのだから、文芸の世界から干されたとしても、寂しくはあってもお腹を空かせる心配はない。アスファルトを枕にする心配もない。恨み節を歌いながら人生を棒に振ることもない。
その順番を間違えてしまうと不幸が起きてしまうのだろうけど、そこの所は各々の問題だろう。「俺は小説一本でやっていくぜ!」と男が誓って夢破れたなら、恨み節を歌うよりも潔く腹でも切っておけ。
追悼記念でちょっとは売れる。
女性作家の場合は……結婚できると、良いよね? 女子力でお願いします。
さてと、ここからが本題ね。一歩間違えれば出版社批判、間違えなくとも批判に聞こえるかもしれない話をしたのは他でもない。
……会っちゃったのよ……出版業界の亡霊に。
電脳世界での話なんだけれども、誰でも知ってる某漫画雑誌で、一年ちょっとを連載し、それから打ち切りEND(完)という時代の潮流に流されちゃった、そんな人と出会っちゃったの。
売れない脚本家、正確には声の掛からない脚本家なら知っていたのだけれども、出版社から捨てられた漫画家の話はもう聞くも涙、語るも涙……では済まされない怨気衝天と必殺技になりそうな四文字熟語ですら語りつくせないものがありました。
小説の世界では新人賞→デビューまでのスパンが非常に短く、下積みという期間が無い。あるいは極端に短い。小説家になろうなんかだと、声が掛かる=即デビューですから下積みの無いことが悪い方向に転がることも多々ありますけれど、その話は横に置いておきますね。
だってここ、小説家になろうだし。
で、漫画界という修羅道のお話なんですが、芽が出ない→帰郷というのは、まだ優しい方であるらしい。問題となるのは、芽が出たのに花が咲かなかった場合……デビューと言えばフレッシュなイメージですが、その背後には高校野球の名門校よろしくな下積み期間が控えています。
中学校一年生、13歳から始めての5年~6年であれば、まだ未成年。人よりも横道を歩いたぶんハンデはあるかもしれませんが、大学生活で取り返せるウチです。
「部活じゃなくて勉強しとけば良かったー! あと恋愛! それは高望みか!?」と叫ぶ程度の話です。
さて、これが高校卒業から始まった場合ですが、18歳です。そこに下積みという名のアレコレを詰め込めば23~24。ここらで見切りがつけられたなら、まだギリギリ間に合う……と、思いたい。
そこから遅咲きの芽が出てしまった。……ただし、花は咲かなかった。
十週打ち切りが当たり前の世界、歯を食いしばって一年と数カ月を耐え凌いだ彼は本当に才覚ある人なのだと思います。十分に花は咲いたものだと思います。ここで26。
……ここからが問題で、打ち切りになった漫画家=廃業ではないのだそうです。
次の連載を始めるために、せっせとネタを集めます。せっせとタネを造ります。せっせとコネある出版社に持ち込みます。
その様子ときたら、巣穴を行き来する働きアリかなにかのよう。
漫画家をやってたわけですから他に主業があるわけでもなく、アシスタントを含めたバイトをしながら食いつなぎ、毎月、隔週、企画を持ち込んでは没を喰らいの連続。下積み二週目、読者に見放されてニューゲームが始まるのだそうです。
あぁ、そんな人も居たよね、嫌いじゃなかったよ最後以外は、レベルから。
一般的なろーシュならこの時点で異世界に逃げてるな。うん。
コンティニューは無制限。ゲームオーバーもない優しい世界。けれども、リアルワールドでは時間は刻一刻と過ぎ去っていく。短編の読み切りが載っては涙して、連載に繋がらないことに鬼哭啾々。でも、漫画が好きだから、一度は連載にまで至った自分なのだからと、行ける、オレは行けると信じてつき進んで……。
ある日、気が付いたそうです。
自分の恰好になんて掛ける金もありませんから、オシャレにも気を使わないようになって、鼻毛が飛び出してるなんて当たり前だったんですけど……飛び出していた鼻毛の色が白かった。
それが、彼の人生の分岐点であったそうです。
……もっと前に分岐点いっぱいあるだろとツッコミたい気持ちは御察ししますが、それが彼の人生の分岐点なんですっ!!
継げるような家業もなく、大卒などの資格もなく、人よりも絵は描けるけど、他人はもっと描けて……話まで自分のものより面白い。と、思えなくなったときが、絶望だったそうです。感性が時代のトレンドについていけてない。あぁ、終わりが来たんだ。夢から醒める日が来たんだと……。
これを笑って話せるようになるまで十年かかったそうな。お墓の下で、もう話せなくなっちゃった同期の連中も大勢なんだろうなぁと、笑えない冗談まで添えて。お盆時に。
「じゃあいっそのこと、それを漫画にしちゃったら?」
なーんて軽口を聞いちゃったのが間違いでした。
「無理無理、だって壊れるもん。心が。今だって、泣きながらチャットしてるし」
……僕は、なんと返せば良かったのでしょうか?
「涙の数だけ強くなれるよ……あの人は短命だったよねぇ。物理的に」と誤魔化してはおきましたが。