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田脳世界 ~アナクローム幻想記~ 自然な風景

習作の(ry

 鼠がチュウチュウタコかいな、夜更けの部屋に天井板の上から挨拶の声がした。

 チュウチュウという可愛らしいものではなく、ヂュッヂュッと生々しい鳴き声であったけれど、どこかからネズミの一家が我が家に引っ越してきたらしい。

 自然との調和、自然との共存と嘯いたところで、ネズミやゴキブリと屋根を同じくするのは御免被るのが人というものだ。身勝手なものだとつくづくにして思う。

 自然との不調和、自然との抗争だと男らしくは言えないものか。田舎の町に居るからか、生の自然というものがそれほど良いものに思えないところがあった。

 ネズミにシロアリ、藪蚊に虻蜂あぶはちと、気を抜けば一方的にやられっぱなしの手強い相手ばかりである。ムカデなどに噛まれた日には、ひと月ほど苦しむことになる。

 屋根の下には共存の余地など無い。

 人も生き物、向こうも生き物、そこにあるのは生存競争の戦争行為あるのみだ。

 人差し指と中指で机を軽く叩いたような弾む足音が、ちょうど天井から響いた。彼等もその気であるらしい。人間なにするものぞと我が物顔で走り回っている。

 これで屋根裏になにも無いのであれば放っておいても構わないのだろうけど、今どきの家は配管やら電気の配線やらが通っているからそうもいかない。美味しいものでもなかろうに、どうしてネズミはケーブルを齧りたがるのやらと思う。

 試しに咥えてみたUSBケーブルは、ゴムとも違う、ナイロンとも違う、不思議な味がした。決して美味しいものではない。癖になる味でもない。ますますネズミの味覚がわからなくなるばかりだった。

 梅干しを作るためだったか、梅酒を作るためだったか、そのまま飲むためだったかで買ってあった35度のホワイトリカーを用意した。酒のことである。火を近づければ発火する程度には強い酒のことである。

 小さなコップに一杯注ぎ、飲む。

 そのまま飲むための酒でもないから、あまり美味しいものでも無かった。

 小さなコップに一杯注ぎ、鷹の爪を浸す。こうしておくと酒に辛みがついて、また別の味がするものだ。戦後、出来の悪い粕取り酒の味を誤魔化すため、ちょいと混ぜたのが始まりであるそうだが、今の時代ではちょっとした風味付けである。

 赤唐辛子も果実の一つには違いないのだから、もしかするとリキュールであるのかもしれない。ピリッとした舌触りが先に走ると味覚が鈍って、アルコールの角が丸く感じられる。そんな酒になる。つまみは塩が良い。

 そんなこんなをやっているうちにも天井裏ではヂュッヂュッと宣戦布告の声がしていた。そういえば、そうだった、と、この酒の目的を思い出す。

 思うに、何気なく口にした最初の一杯がよろしくなかったのだろう。35度のアルコールは、さっさと頭のなかに浸透し、妙なことばかりが頭に浮かぶ。

 ホワイトリカーの海に沈んだ鷹の爪に、干からびた金魚の姿を見た。

 泳ぐことのない金魚のミイラがコップの底には沈んでいる。そういえば、金魚の干物は見たことがない。それはそうだろう、好んで作る人も居ない。ということは、あまり美味しい魚でもないのだろうと思い至った。

 同じ観賞魚の鯉は洗いで重宝されるのに、とも思う。

 日本では食われないザリガニだが、海の外では普通に食べられているものらしい。思えば、海老を喰い、蟹を喰い、その両方を有り難がっておきながら、なぜ合いの子のようなザリガニばかりを毛嫌いするのか不思議に思う。

 シラスに白魚を食べるのだから、グッピーにメダカを食っても良いのではないかと思い、何処に行けば食べられるものだろうかと電脳世界に頼ってみた。

 人間、思うところは同じらしい。

 インターネットの情報によれば、メダカもグッピーもそこそこにいける小魚であるようだ。新潟ではメダカをうるめと呼び佃煮にするらしい。

 越後新潟は蜂の子を佃煮にしたり、メダカを佃煮にしたりと、とりあえずなんでも佃煮にしてしまう文化でもあるのだろうか。このぶんだと、とりあえず新潟に行けばグッピーも食べられそうだと結論付けた。ザリガニあたりも期待できそうだ。

 さすがに新潟でもネズミはないだろう。おそらく。あるいは?

 とはいえ、北陸新幹線の開通以来、越後湯沢の駅での乗り換えも無くなり、東京大阪間の日本海周りでも新潟の地を踏むことが無くなったことに気付く。

 里帰りの途中、越後湯沢であった忙しい乗り換えの記憶を思いだす。

 東京の街には学生時代を含めて十年ほど住んでいた。だから里帰りのたびに新潟は越後湯沢の駅で乗り換えていたものだ。十年間を東京で暮らし、越後湯沢に通った。そのくせ東京タワーに登ったことはない。見たことすらない。

 東京に住んでしまえばそういうものだった。

 そのうちにスカイツリーが出来て、それも登ったことがない。見たこともない。いつでも行けると思っているうちは結局行かないものらしい。

 東京渋谷は原宿駅で降りながら、竹下通りに背を向けて、代々木公園をぶらぶらするようなヘソ曲がりな若者だったからかもしれない。半分くらいはそうだろう。

 新宿は二丁目を通りすぎて三丁目、インディーズバンドのハコを見に行くのが新宿の通だと思っていたところがある。歌舞伎町よりも三丁目に行った回数の方が多いだろう。

 ともすれば、二丁目に行った回数の方が多いかもしれない。

 あそこはあそこで、人としての礼儀さえ守ればノンケにも優しい街だった。

 今にして思えば、そんな恰好付けが丸見えで恥ずかしくも思える。好きや嫌いを素直に出せず、見栄ばかりが先に立つ姿は格好悪いにもほどがある。きっと、周囲にはバレバレだったことだろう。

 少なくとも二丁目の人々の目には、きっと、見透かされていた。

 東京タワーには登らなかったのか、登れなかったのか、今更になって思う。人とは違う自分を格好よく思ってくれるのは自分ばかりというものだ。皆が行くから行かないと、誰かを否定することでしか示せない個性など格好悪いにもほどがある。

 次に東京に出る機会があれば、登ろう。

 登りたいから、登ろう。

 さすがにスカイツリーと東京タワーをはしごするのは疲れるだろうから、東京へ行く前に、どちらか一方を選んでおこうと決めた。あとは、代々木公園をぶらぶらするとしよう。代々木公園も自分の通っていた頃とは大きく様変わりしていることだろう。

 酒の入った頭のなかで、そう決めた。

 すっかり忘れていた鷹の爪の酒にラップして、その晩はネズミの弾む足音を子守歌代わりに、やっぱり気になるものだからあまり良くは眠れなかった。

 目覚める頃には鷹の爪から赤色が消え、ホワイトリカーがレッドに染まっていた。これはガツンと来そうだと思いつつ、さらにハッカの結晶を一粒二粒と溶かし入れる。ツーンと香る匂いはメンソールだ。

 化学の言葉を使えばLメントール。ハッカのなかのツーンとくる成分を煮詰めた透明の結晶を溶かし入れ、それを皿に、渦巻き型の蚊取り線香を浸して飲ませる。あとは軽く陰干しすれば準備は万端、自然の驚異を相手にした戦端が開かれる。

 ファイア。

 掛け声と共に渦巻き線香の端に火を着けた。

 鷹の爪からカプサイシン、ハッカの香りのメントール、蚊取り線香のピレスロイドの三重奏の煙が立ち上る。うっかり吸うと酷い目に逢うことは経験済みだった。

 カプサイシンが肌に触れると熱く感じる。メントールが肌に触れると冷たく感じる。同時に触れると訳がわからず、口や鼻や目に触れると、これはもうのた打ち回る他ない。

 野生に生きるネズミの感覚器が、人間よりも鈍感ということもないだろう。野性が摩耗しきった人間ですらそうなのだから、ネズミにとってはどれほどの刺激になるのだろう。成分的に健康被害は無いはずだが、屋根裏では大運動会が始まっていた。天井の端から端まで人差し指と中指が、トタタタタと激しく音をたてていた。

 私と言えば、本を片手にベランダでしばらくの日光浴を楽しむばかりだ。

 自然との調和、自然との共存とはこういうものだろう。

 お互いにせめぎあい、争いあい、丁度良いところに拮抗状態を作る他ない。

 その日の晩、天井裏から音がすることはもうなかった。こんな家には居られません、実家に帰らせていただきますとネズミの嫁から三行半を突き付けられたらしい。それはずいぶんと早い引っ越しだった。

 一人寝の夜、ハッカの香りが天井裏から降りてきて、それに目が冴え、ちょっとだけその晩も眠ることには苦労した。よく眠れるようになったのは三日ほど経ってからだった。


 まだ新しく覚えたものが身についてない感じがします。

 こんな小説は退屈でしょうが、もう少々お付き合いください。

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