執事様、肉が食べたいです。
「……私も婚活しようかなぁ」
仕事中に思わずぽつりと呟いた私の声を拾ったハーシーが変な顔をしました。
「どうしたんですかぁ? シエルまで頭沸いちゃったんですか」
「ハーシー、ひどい」
あんまりな言われようです。私もいい年だから、結婚相手を探そうかなぁなんて思っただけなのに。
憮然としながら仕事をしていると、ハーシーが雑巾がけをしながら隣に寄って来ます。
「奥様にお見合い設定してもらったんですよね」
「……私がお願いしたような言い方はやめてください」
そうなんですよね。奥様おすすめの商家の長男坊とやらと、いつの間にかお見合いが設定されていました。
笑顔全開の奥様に「今度の休みは開けておくのよ!」と押しきられてしまった形です。
正直、あんまり気は乗りませんが、奥様の顔を立てる意味でも一度は会わないといけないみたいです。
「まあ、シエルにはユーリウス様がいますからね」
「何の話?」
私は次の休みのことで頭が痛いです。
頭を抱えていると、廊下の向こうから執事様がやって来ました。
「あ、ユーリウス様」
「シエル」
こちらに気がついて足を止めた執事様に、ハーシーが声をかけます。
執事様は今日も通常営業です。隙のない制服姿は見慣れているので落ち着きますね。
「シエルったら、お見合いのことで頭がいっぱいなんですよぉ」
「見合い?」
片眉を上げた執事様に、ハーシーがペラペラと事情を語って聞かせます。余計なことを……。
「シエル、何故浮かない表情をしているんですか」
「お見合いに乗り気じゃないみたいです。婚活するって言ってたのにねぇ」
「ハーシー」
咎めると、何が悪いんですかという顔をされました。
私はしようかなって言っただけじゃないですか。話が大きくなってます!
「……それはそうと、シエル。今夜時間はありますか」
「今夜ですか?」
明日も仕事ですし、特に予定はありませんが。
何か特別な仕事でもあるのでしょうか。
首を傾げると、執事様は真顔で提案してきました。
「先日のお礼に、食事でもいかがですか」
「先日?」
何かお礼をされるようなことをしたでしょうか。
暫し考え、例の買い物の時のことだと気づきました。
お礼と言われても、お茶を既にご馳走してもらっていますし、特に必要がない気がしますが……。
きょとんとしていると、ハーシーに背中を叩かれました。ちょ、雑巾を持っていた手ですよね?
「ご馳走してくれるんだから、行ってきたらぁ? ユーリウス様、美味しいものを食べさせてくれるんでしょう?」
「町で最近流行しているという、肉料理の店を予約しました」
ハーシーの瞳がキラリと輝きます。私も驚きました。それって確か、予約一ヶ月待ちとかじゃありませんでしたっけ。食べに行った友達が、すごく美味しいって言ってました。
その話を聞いて、羨ましく思ったことを覚えています。
どれだけ美味しいのか気になりますね……。
そこまで考えてはっと我に返ります。
執事様の様子を窺いますが、いつも通り、特に表情は変わっていません。
「少し高すぎませんか」
確か、噂のお店はお値段の方も素晴らしいと聞いています。
それもあって、行きたいねという話止まりだったわけですから。
後ろからハーシーに袖を引かれました。
少し離れたところに引っ張っていかれ、執事様に背を向けて、こそこそと囁かれます。
「行ってきたらいいじゃないですか。予約までしてくれてるんですよ」
「うーん……」
「考えて見てください。あのユーリウス様が、わざわざご馳走してくれるって言ってるんですよぉ? 素直にご馳走になったらいいじゃないですか」
ハーシー、目の色が変わってますよ。そのお店、行きたいって言ってましたもんね。
そういえば、執事様は奥様に女性を紹介してもらったんですよね。その女性とは行かないんですね。
そう思って少し苛っとしました。
もう婚活のお手伝いは要りませんよね。
「分かりました。行きます」
「では仕事終わりに、前と同じ場所で」
事務的に時間を決めた執事様は、さっさと歩き去っていきます。
その背中を微妙な思いで見送っていると、ハーシーがじっとこちらを見ていることに気がつきました。
「ねぇシエル」
「なんですか」
「本当に、お見合い受けちゃっていいんですか」
「どうしたんですか、急に」
さっきまで面白がっていたくせに、へんな人ですね。
もういいんですよ、別に。会うだけですから。
「……これは、ユーリウス様も大変だわ」
「何か言いました?」
「何でもないですー」
変なハーシー。執事様に続いて、貴方までおかしくなっちゃったわけじゃないですよね?