執事様と昔の話
少しだけ、昔のことをお話ししたいと思います。
遡ること十年、当時八歳だった私は実家から奉公に出されてヴィアイン家の門をくぐりました。
実家は貧乏でなければ裕福でもない商家でしたが、私たち6人兄妹全員を育て上げられるほどの財力はありませんでした。
一番上の兄と二番目の兄、姉一人を残して下の姉弟たちは住み込みで働ける職場へとそれぞれ別れていきました。
私がヴィアイン男爵家で働き始めたのも、住み込みで働かせくれるからです。
当時の私は、侍女という仕事がどんなものかよく分かってはいませんでしたが、周りに助けられつつもそれなりに楽しくやっていたと思います。
私が勤め始めて二月ほどが過ぎたころ、お屋敷へやって来たのが執事様でした。
私たち従業員一同を取り仕切る執事のセフィーロが、ある日突然養い子なのだと彼をお屋敷に連れてきました。
どこから来たのか、どうしてセフィーロの養い子になったのか、詳しい経緯は知りません。
来たばかりの彼はほとんど話さず、泣きも笑いもしない起伏の小さな子供だったと思います。
それなので感情の波が大きく、乙女全開のお嬢様とは馬が合わなかったようで、早々にそっぽを向かれていました。
セフィーロとしては、一人っ子のお嬢様の話し相手にと思ったらしいですが、うまくいかないものです。
彼自身も幼児の扱いに困っているようでした。
当時の私は、年齢が近かったこともあってそんな彼らの間の緩衝材として呼ばれることが多くありました。
夢見がちなお嬢様と、徹底した現実主義の彼の意見はぶつかることが多く、落とし所を見つけて仲裁するのが私の役目になりました。
『わたし王子さまとけっこんする!』
『お嬢様、王子殿下はもう三十路ですよ。年が離れすぎています』
『……ユーリ、たぶんお嬢様分かってないですよ』
『やぁだあー王子さまあああ』
彼に正論で言い負かされて、べそべそ泣くお嬢様を宥めすかし、着替えをさせたり勉強させたりする日常は、お嬢様が学校に入るまで続きました。
お嬢様が学校に入学し、その興味が学友や学園のアイドルに移っていくと、彼と私はお嬢様のことで同時に呼ばれることもふっつりと減りました。
その後はセフィーロの手伝いをする彼と、本来の仕事に戻った私は、同じお屋敷で働いていてもそれほど話すことはなくなりました。
元々お嬢様を間に挟んでの間柄でしたから。それだけです。
それから私は、侍女としてお嬢様の後を走り回る生活が続き、彼は執事見習いとしてセフィーロと書類仕事に取り組む日々を重ねた結果、今の私たちが出来上がったわけです。
私にとって執事様は、ちょっと面倒な同僚で上司です。それ以上でもそれ以下でもありません。そのはずです。
だから、きっと、少し胸が痛いのは気のせいです。