執事様、これはどういうことですか?
執事様と買い物に行った翌日、応接間の掃除をしていると、ハーシーが「それで、昨日はどうなったんですかぁ?」と聞いてきました。
元々彼女のアドバイスでしたからね。
そう思って昨日の流れを話して聞かせます。
話を聞いたハーシーが目を丸くしました。
「それって普通にデートじゃないですかぁ」
「そうですか?」
「どう考えても、そうですよぉ」
冷静に突っ込まれ、私は昨日の自分の行動を辿りました。
1、執事様の服を選んであげる。
2、ケーキ屋でお茶。
3、雑貨屋で買い物。
……うん、普通にデートですね。ちょっと助言をっていう域は越えてますね。
「あーんとか、今時恋人でもしませんよぉ」
「あ、あーん? いや、あれは味見だから普通に皆さんやりますよね」
いやいやと首を振り、私は自分に言い聞かせます。
別に疚しい気持ちはありませんよ。相手はあの執事様ですしね。
結局、彼は外出中に、にこりともしませんでしたし。まあ、拗ねたりむくれたりはしていましたが。
普段、冷ややかな無表情くらいしか見せないので、珍しいことは確かですが。
悶々と考えながら拭き掃除をしていると、ハーシーが壁掛け時計を見上げました。
「シエル、奥様に呼ばれてるんじゃないですかぁ?」
「そうでした。ハーシー、ここの掃除もお願いします!」
そういえば、今日はお昼前に顔を出すように奥様に言われていたのでした。
時刻は昼食時間の半刻前。いい頃合いです。
奥様の私室に伺うと、すぐに通されました。
奥さまはほんわか笑顔の素敵なご婦人で、屋敷の皆さんに愛されています。
「まあシエル。よく来てくれたわね」
ニコニコと私を出迎えてくれた奥様は、ソファーを勧めてくれました。ありがたく腰を下ろすと、タイミングよくお茶が運ばれてきます。
給仕をしてくれたのは侍女の先輩でした。
手際のよさに惚れ惚れします。こんな風になりたいものです。
「シエル、貴方はいくつになったのかしら」
「18歳です」
「そう、そろそろ結婚とか考えてるの」
お茶を噴き出しそうになりました。
何でしょうね、最近こんなことばかりしている気がします。
「いえ、お相手もいないですから……」
「そう! じゃあよかったわ」
パッと顔を輝かせた奥様が、私の手を握ってきました。
よくも悪くも従業員と距離の近いお家柄なのですが、それでもこれはやりすぎだと思います。
困っていると、奥様がにっこりと微笑みました。
「あのね、私を知り合いから、よい娘さんはいないかしらと聞かれていたの。裕福な商家の長男なんですけど、適齢期のお嬢さんとご縁がなくて、独り身なんですって」
「あの、奥様……」
私は直前の自分の台詞を後悔しました。お相手がいないからって、いたらすぐにも結婚するみたいじゃないですか。
「ちょうど貴方と同じ年齢だし、いいお話だと思うの」
キラキラした目で見つめられて、私はうっと言葉につまりました。
私が承諾すると、信じて疑っていない顔です。
奥様には十年お世話になった恩がありますし、すぐには断りづらいです。
「……考えさせてもらってもいいですか?」
「どうぞ。早いうちに答えを教えてね」
「あのぅ、奥様」
「なぁに」
「そういうお話は、私じゃなくて執事様にしてあげてください」
「ユーリウスに?」
「婚活してるそうですから」
親切心で執事様を名前を挙げると、奥様は意外そうな顔で瞬きました。
「ユーリウスにはもう勧めたわ」
「えっ」
よく考えたら、執事様は私より年上です。
こうやってお見合いを設定するのが好きな奥様が、目をつけないはずがありません。
「知り合いの娘さんでね、ユーリウスのことが気に入ったという方がいたから紹介したわ」
「そ、そうなんですか」
聞いてません。いや、そんな話を聞くほど親しくもないですけど。
なんだか釈然としない気持ちです。
奥様の紹介なら身許もしっかりしていますし、執事様のことを気に入っているなんて奇特な方がいるんですね。
印象的な藍色の瞳が脳裏を過ったので、振り払うために私は小さく首を振りました。
……執事様、もう婚活なんて必要がないじゃないですか。