執事様、笑ってしまいそうです。
私は今、すごく後悔しています。
なんで映写機を持ってこなかったんだろうと。
向かいの席には執事様。
器に合わせて長めのスプーンを手に、テーブルの上を眺めています。
その絵面がなんとも可笑しいのです。
クリームと果物が盛り盛りのパフェと無表情な執事様。
うちの従業員一同、爆笑ものの光景ですよ。
服屋を出た私たちは、お茶をするためにケーキ屋に入りました。
ケーキ屋でお茶というのが珍しいらしく、戸惑っている執事様のために、一番人気という商品を注文したのですが。
向かいの席なので、お互いの表情がよく分かります。
私は気合いで笑いをお腹に収めます。
笑ってなんかない……ですよ。
「何がおかしいんです」
言われた瞬間、ぶはっと噴いてしまいました。
だって、そのぶすくれた顔!
執事様でもそんな顔をするんですね。
大笑いしたい衝動をこらえていると、むすっとした執事様がクリームにさっくりとスプーンを立てました。
「はい」
スプーンを差し出されたので、その手の主を見上げます。
憮然とした表情で差し出されたそれは、もしかしてくれるってことですか?
「くれるんですか」
問いかけると更に差し出されたので、ぱくりとくわえると、もう一口差し出されます。今度は果物でした。
「お返しです」
私は目の前のケーキを一口差し出しました。
執事様は僅かに眉を寄せ、躊躇うような間の後に口を開きます。
素直に咀嚼している様子を微笑ましく眺めました。
「ユーリ、この調子です。この調子でいけば、きっとお姉さん方もめろめろのモテ男に」
「だから、モテは必要ないと言っているでしょう」
婚活なんだから、多少のモテは必要だと思いますよ。
唯一の人に振り向いてもらえるだけの甲斐性は必要ですよね。
「そういえば、ユーリは甘いものが平気なんですね。男性だと苦手な人も多いですよね」
「嫌いではないですね」
私はまたしても笑いを噛み殺しました。
そんなことを言って、結構食べる速度が速いですよ。
好きなんですね。少し意外ですけど、いいと思いますよ。
お互いに食べ終えて、食後のコーヒーを頼みます。
私がミルクのみにした向かいで、執事様はミルクを倍と砂糖も頼みました。
本当に甘党なんですね。コーヒーに砂糖なんて邪道だと言い出しそうな顔をしてるのに。
目が合うと、執事様は心なしかむすっとしていました。
「何か」
「い、いえ何も」
笑ったらきっと彼は頑なになるでしょう。
ここは私が大人になって知らんぷりしてあげましょう。
食後のコーヒーをのんびり楽しんだ後、私たちは店を出ました。
腹ごなしに少し歩くことにします。
特に会話もなくぶらぶらと歩いていると、唐突に執事様が「シエル」と呼びました。
「はい」
「退屈ですか」
思わず立ち止まると、数歩先で執事様も立ち止まりました。
こちらを振り返った執事様は、静かな表情をしていました。
暫し見つめ合います。
不意に、ぽつりと。胸に落ちてきた答えに納得しました。
この人は、自信がないんですね。
仕事の時はあんなに自信満々なのに。
藍色の凪いだ瞳が、私を見ています。
私は嘆息して執事様に歩み寄りました。
制服がない執事様は、なんだか少し頼りなげに見えました。
「怒らないでくださいね」
手をのばして、執事様の髪に触れます。
きっちり整えられた髪は硬く、微かに整髪料の匂いがしました。
指を立ててがしがしと掻き回します。
いい感じにぐしゃぐしゃになりました。
「笑わせてもらいましたから」
別に退屈じゃないですよと私が笑うと、執事様は微妙な顔をしました。
ぐしゃぐしゃの髪に触れ、更に微妙な顔になります。
「……そうですか」
「大丈夫ですよ。ちゃんと女性にモテるようにしますから」
「だから、モテは必要ないと」
はいはい、そうですねと茶化すとむすっとする執事様。
大人げないですよ、執事様。