執事様、提案します。
「シエルってバカなんですかぁ?」
「……ハーシー、何でも言えばいいってものじゃないんですよ」
私は呆れ顔のハーシーに力なく突っ込みました。
私だってそう思ってますよ。ええ。
堅物執事様の婚活を手伝うはめになるとは……。
仕事中にハーシーに昨日の顛末を聞かれ、答えた結果がこの台詞です。
「大体シエル、自分も恋人なんていないくせに」
「黙らっしゃい」
男の人の心理は分からなくても、女性の心理は分かりますよ。
これでも十八年女性をやってますからね!
さかさかと箒で廊下を掃きながら、私はとりとめもなく考えます。
執事様に足りないものってなんでしょう。
彼は若くして屋敷を任される執事になりました。男性なのに細やかな仕事ぶりが主人の信頼篤く、職務態度は良好。
無駄遣いの癖はないし、貯金してそうですね。
うーん、優しさとか?
とにかく厳しいという印象しかないです。
十年一緒に働いているのに、あんまり彼のことを知らないということが分かりました。
「それで、一体何をするんですか」
「それなんですよね……」
助言しようにも、仕事以外の執事様を知りませんからね。
頭を悩ましていると、埃を掃き集めながらハーシーが提案する。
「一緒に買い物でもしてみたらぁ?」
「えっ」
それはあの執事様とデートせよということですか?
「ユーリウス様がどんなものを好むか分かるし、それが女性から見てどうだか言ってあげればいいんじゃないですか」
なるほど、もっともな意見ですね。
問題はあの執事様がのって来るかどうかということですよ。
その日のうちに執務室に行き早速提案してみたところ、意外にも執事様は「分かりました」と快諾しました。
私が驚いている間に有能過ぎる執事様は予定表を繰り、
「次に私たちあの休みが合うのは一週間後ですね。その日にしましょう」
と日取りまでさくっと決めてしまいました。
まさに即決。
「えーっと」
まさかここまで速やかに話が進むとは思っていなかったので戸惑っていると、
「時間は起床時間の三刻後で、待ち合わせは屋敷の門の前で」
時間と場所までさくさくと決まりました。
ここまで段取りをしてくれる人というのもあまりいないので、ありがたいのですが、頭がついていきません。
仕事ができるって恐ろしいです。
「シエル」
呼ばれて見上げれば、執事様がこちらを見ていました。
この部屋には私たちしかいないので、見られるのは当たり前なんですけど。
この辺りでは珍しい藍色の瞳が、じっと私を見つめます。
その目にはどんな表情も浮かんでいなくて、どきりとしました。
「頼みます」
……こういう顔でこの台詞をさらっと言うのって、どうなんでしょう。
やっぱり無理ですとは言い辛いじゃないですか。
……そういえば私、この執事様に何かお願いされたのなんて初めてでした。
何しろ、彼は年下の私の手など借りなくても、いつも完璧でしたから。
……調子が狂います。本当に。