執事様、冗談はやめてください。
我がお屋敷の執事様、ユーリウス。
彼は私と同時期にこのお屋敷にやって来ました。
前執事を務めていたセフィーロの養い子で、年は多少離れていますが、お嬢様の遊び相手として連れてこられたようです。
しかし当時から真面目な小舅の片鱗を覗かせていた彼は、頭の中にお花畑を育てているお嬢様とは性格が合わなかったようです。
彼が興味を持ったのはお嬢様ではなく、養父の仕事の方でした。
セフィーロが手伝わせている間に、あれよあれよと仕事の鬼の出来上がり。
手抜きを許さない執事様にご成長あそばしました。
日夜仕事に費やす彼に恋人を作る暇があるはずもなく。適齢期を通り過ぎようとしている今、やっとこ花嫁探しをするようです。
「頭沸いちゃったのかと思いましたーぁ」
掃除を市ながら侍女仲間のハーシーが、そんな風に言ったので私も思わず頷きました。
真面目すぎてとうとう壊れたかと思いましたよ、私も。
執事様の婚活宣言から一夜明けて、まだお屋敷の中はざわついていました。
私は脳裏に執事様の姿を思い描きます。きっちり整えた髪に鋭い眼鏡、一部の隙なくビシッと制服を着こなす様子は、どこから見ても真面目そのもの。執事様のズボンにアイロンがかかっていない日なんて、私は一度もみたことがありません。
女の気配一つ漂わせたことのなかった堅物が婚活?
似合って無さすぎて笑えます。
「シエル、後ろ」
笑っていると、ハーシーが私の後ろを指差しました。
「人を指差すなと何度も教えたはずですが」
頭上から冷めた声。
ギギギッと降りあおぐと、執事様が私を見下ろしていました。
藍色の瞳が冷ややかに見つめています。
「あら、執事様。ごきげんよう」
「いつから私は貴方の友人になったんですか」
「うーん、十年前から?」
笑って誤魔化してみました。執事様の表情はピクリとも揺らぎません。
正面でハーシーがハラハラした顔でこちらを見ています。
「シエル。用があるので一緒に来てください」
「はい」
どうやら、仕事中に笑っていたことはお咎めなしのようです。
私はハーシーに目配せし、大丈夫と笑って見せてから執事様の後に着いていきます。
執事様の歩く速度は速いです。まあ仕事ですからね、なるべく早足で着いていきますよ。
連れていかれたのは、執事様の執務室でした。
私たち侍女と違い、執事様には書類仕事があります。そのために専用の部屋が設けられているのです。
椅子を勧められたので、大人しくソファーに収まりました。
執事様も別のソファーに腰かけます。
「それで、用というのは?」
「大したことではないんですが……」
こちらから水を向けると、珍しく執事様が言い淀みました。
即決即断が信条のはずですが。
珍しがっていると、執事様は意を決したように口を開きました。
「私の婚活のことで」
思わず噴き出しそうになりました。
その話、私となんの関係があるんですか?
恋愛も結婚も本人の自由ですから、好きにすればいいと思いますが……。
「私はどうも異性に敬遠されがちのようなのです」
「あー……、はい」
さもありなん。
完璧主義の男に嫁ぎたいと思う女の子は、あんまりいないでしょうねぇ。
ましてや私たちは彼の鬼のような仕事ぶりを知っていますから。
ふぅと嘆息した執事様は憂い顔。
悪い人じゃないんですけどね、女性が好む繊細さとか理解できないんだろうなー。
「それで、私に女性の嗜好を教えて欲しいんです」
「えっ」
分からないから知ろうという心意気やよし。
だけどそれがなんで私なんですか~!
「えっと……私、別に執事様と親しくないですよね」
「私に友人と言ったのは貴方では?」
先刻の自分を殴り付けてやりたいです。
まさか話が始まる前に言質を取られているとは予想外です。
「お断りの方向で」
「そういえば、貴方がここに来たばかりの頃に面白いことがありましたね」
「わーっ!」
そうでした。子供の頃から同じ職場で働くこの人には、過去の失態も知られていたんでした。
思い出すだけで憤死ものの記憶が脳裏を過り、血の気が引いたのが自分でも分かりました。
私はがくりと肩を落としました。
有能すぎるこの人相手に、戦おうとしたのが無謀でした。
「……分かりました。私が貴方をどこに出しても恥ずかしくないモテ男にして差し上げます」
「モテは必要ありません。私に必要なのは唯一の伴侶ですから」
きっぱりと断言する姿に、またしてもがっくりしました。
本当にどうしちゃったんですか、この人。
最近、うちの執事様はおかしすぎます。
せっかく掴みかけた平穏が、がらがらと音を立てて崩れる様が見えた気がして、深く深くため息をつく私でした。