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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

主に筋肉で万事解決する話

作者: taku846

 とりあえずリハビリで書きました。

 出来れば3万文字くらい書いて投稿したかったけど、なかなか時間とれなかったのでこのまま投稿します。


 異世界転生という小説のジャンルが1つある。

 主にWeb小説で多いこのジャンルでは、異世界に現代の若者が何らかの原因で送られてしまい、現代の知識だったりチート能力で大活躍したりするお話が多い。


 そうした話を読者は読み、普段知ることのない異なる世界への憧れや興味を満たすのだ。

 だがそのような主人公たちは、一貫して何か弱みや弱点があることが望ましいとされる。


 その理由は、完璧すぎるキャラクターというのは共感されず、ただでさえ作り物の物語が、さらに薄っぺらく作り物のように感じられてしまうからだ。

 弱点なんか嫌だ。そんなもの要らないという人もいるかもしれない。


 だがそういう弱点も込み込みで、1人のキャラクターとして愛せるのが最も良いのだ。

 まぁ長々と私が何を言いたいのかと言うと――


 ――異世界に転生したんですが、魔法が割りと脳筋で、肉体も筋肉ガチガチの女子って需要ありますかね?


 これは私、アリシアの異世界に転生した乙女の物語である。

 波乱万丈という言葉があるが、まさか私がその言葉の通りに激しい人生を生きることになるとは、夢にも思わなかった。




    ◇◇◇




 どうも皆さんこんにちは。私の名前はアリシア。


 名前だけ名乗ることを許された庶民の子で、今年8歳になるお子様です。

 だけどここは異世界。

 文明のレベルも結構低く、現代の知識がある私からすれば中々に厳しいものがありました。


 汲み取り式のトイレとか、最初は信じられませんでした。

 水も村にある井戸から毎日朝になると汲まないといけないし、洗濯となるとちょっと遠出して川まで行かないといけませんし。


 そんな世界てあるからか、この世界の結婚というのは早いことが多いです。

 大人になってもこんな文明レベルだと病気にかかれば簡単にぽっくり逝ってしまうし、森の奥のほうには危険な動物もいるっていう話も聞きました。


 そんな感じで、この世界での結婚は15歳から。20歳で相手なしとなると、完全に行き遅れと見なされてしまいます。

 そして8歳ともなれば、そろそろ気になる相手もいるかな~というお年頃。


 ですが私にはそんな話も、相手も、さらに言うと希望もまりません。

 まぁ具体的に言うとですね、私の見た目が酷く醜いからです。


 私の生まれた家は狩猟を生業とする家で、親は父しかおらず、兄弟もおりません。

 父は寡黙なお方で、普段家にいるときもあまり喋らず黙々と仕事をこなす人でした。


 そんな父は私に様々なことを教えて頂きました。

 きっと父は私が1人になったときのために、心配してくれていたのでしょう。


 先ほども言ったように、この世界では簡単に人が死にます。

 それは父も例外ではなく、そのときのため、仕事が出来るように色々と教えて頂きました。


 村という集合体は、必ず1つの家々に仕事があるものです。

 父が死に、もし私だけになったとき、もし私が何も出来なかったら。


 私は簡単に奴隷商人に売られることでしょう。 

 生きることに必死なのです。それくらい、まぁ仕方のないことだと私は思います。


 それに仕事が出来れば良いのです。

 私は小さい頃から父に狩猟の仕方を習いました。


 獲物見つけ方。追いかけ方。気配の消し方。隠れる方法。罠の作り方。武器の使い方などなど。

 獲物を見つけ、追いかけ、気配を消して近づくまでは良かったのですが、私には重大な欠陥があったのです。


 武器の使い方が壊滅的に下手くそなのです。

 弓を使えば明後日の方向へ矢が飛び、ナイフを生きている獲物へと振るえば、何故か全く切れません。


 あまりのできの悪さに私は酷く落ち込み、あるとき父に泣きながら相談したことがありました。

 そのとき父は普段あまり開くことのない口で言いました。


 「スキルがないのかもしれない」と。

 そのとき初めて知ったのですが、この世界には魔法があり、その魔法を使えるにはスキルという生まれ持っての才能があり、そのスキルというのは日常生活の中の、ちょっとした行動にも関わってくるそうなのです。


 つまり私には、誰でも持っているようなナイフを振るうスキルもなければ、猟師には必須の弓を使うスキルもないと。

 私は泣きじゃくり、その日は丸1日家の藁を敷いたベッドに引きこもっていました。


 ショックでした。

 父の役に立てるように、まだ短いながらも、人生の毎日を懸命に生きていました。


 それなのに、私には父の後を継げないということが分かってしまったのです。

 ベッドに転がりながら、私は天井を見上げて思いました。


 ――あぁ、もし魔法が使えたらなぁ。


 するとどうでしょう。

 私の体の奥底から、何か暖かい力のようなものが、こんこんと涌き出てくるではありませんか。


 私は直感的に悟りました。

 これは魔力であり、私には魔法を使う才能があるのだと。


 私はそのまま、高いテンションで「ファイヤーボール!」だとか「サンダーボルト!」と叫びました。

 ですが私の突き出した手からは、何も出ることはありませんでした。


 もうウンともスンとも言いません。

 もしかして只の勘違いかと思い、また落ち込んだものでしたが、体の奥底からやはり魔力のうねりを感じます。


 私は行き場のない魔力を、なんとなく身体の隅々まで行き渡らせてみました。

 するとうねって方向性の無かった魔力が、何か魔法を発動させ消費しているような感覚がありました。


 ただこの時の私は消費した感覚があるだけで、何の効果があるのか全く分からず、そのまま魔力が消費していく感覚のままじっとしていました。

 するとそれまで興奮して全く眠くなかったのに、突然強烈な睡魔を感じ、気絶するかのように眠ってしまったのです。


 私が感じていた魔力の消費の正体は、次の日の狩りのときに判明することになります。




   ◇◇◇




 次の日の日中。

 村の周りに広がる森の中のことです。


 日の光が森の木々に射し込み、綺麗な木漏れ日を描いております。

 濃い緑の匂いと土の匂いが満ち溢れ、思わず思いっきり深呼吸してしまいました。


 この森は村の近くには食べられる草木や木の実が多く、離れるほどに大型の獣が多く生息しています。

 そのためよく村の近くにまで野うさぎのような小さな獣が、木の実を食べに迷い込んだりするので、食料的にはとても豊かな森と言えるでしょう。


 またそういった小動物を追いかけて、肉食の獣が村の近くに迷い込むこともあります。

 そういった獣を狩ることも、私たち猟師の家の仕事であるのです。


 私は父に頂いた厚めのナイフを腰に差したのを確認し、背中に狩った獲物を入れる大きめのリュックサックのようなものを背負い直します。

 リュックサックと言っても、これは家にあった売り物にならない小さな皮や、古着を使ったお手製の不恰好なものです。


 お世辞にもリュックサックとは言えず、萎れた袋をなんとか背負っているようにしか見えないでしょう。

 私はなるべく静かに歩きながら、森の奥の方まで歩いていきます。


 そのときに足元の地面に注意をはらい、獲物となる動物の痕跡を探します。

 するとしばらく歩いたとき、地面に小さな足跡を見つけました。


 この大きさからすると、どうやら小ぶりの鹿がこの先にいるようです。

 私は態勢を屈めると、足跡の向かった方向へ追跡を始めました。


 ……いました。

 まだ角が大きくない幼い牡鹿が、森の中で周囲を時々キョロキョロと見渡しています。


 さて、問題はここからです。

 私にはこの牡鹿を倒す方法がありません。


 こうして森の中で獲物を追う技術は、おそらく一人前と呼べるのかもしれませんが、追った獲物を倒して肉に出来ないのでは何の意味もありません。

 私は決して野生の生物を観察しに来ているのではないのです。


 猟師として、この森に立っているのです。

 自然と体に力が篭もりました


 私は腰に差したナイフに手を添えますが、これではどうやっても牡鹿に傷をつけることは出来ません。

 そこで私は、昨日の夜に覚えた魔力を再び体の隅々まで巡らせてみることにしました。


 温かい魔力の流れが、血管を流れて体内を循環するイメージ。

 じんわりと魔力が少しずつ消費されていく中、私は不思議なことに気がつきました。


 先ほどまでそれなりの距離を離していたはずの牡鹿の姿が、よりハッキリくっきりと見ることが出来ます。

 何度かまぶたを瞬かせますが、それは変わりませんでした。


 私はある直感に従い、ナイフから手を離すと、前世の記憶にあった陸上選手のスタートの方法である、クラウチングスタートの構えをします。

 両手と片足を地面につけ、足の指にしっかり地面を噛ませて力を込めます。


 体の内側にバネがあるようなイメージで、それを思いっきり内側に押さえつけるように全身に力を込める。

 そして魔力を今までより数段力強く体内に循環させると、私はバネの力を解き放ちました。


 空気を切る音が聞こえ、距離が詰まります。

 30メートル以上はあろうかという牡鹿との距離を、一瞬で詰めます。


 勿論牡鹿もすぐに反応し、こちらを見ますが、もう私はすぐ近くです。

 全身が弾丸になったかのような錯覚を感じつつ、私はそのままの勢いで、牡鹿の首に膝を合わせました。


 「ゴリュ」という肉と骨の潰れ砕ける音が、幸運にも当たった膝から聞こえてきます。

 そのまま私は牡鹿と共にゴロゴロと転がり、少ししてやっと止まりました。


 伸し掛るように止まった牡鹿の体を、小さい私には十分大きいはずなのに、私はいとも簡単に片手で押しのけます。

 これでハッキリと分かりました。私の魔力の使い道。


 火を吹いたり、水を出したりするのではなく、もっと原始的で根本的な力。

 即ち、身体能力強化。


 それが、唯一私に許された魔力の使い方でした。

 



   ◇◇◇




 その後、牡鹿を仕留めたのはいいのですが、後始末が意外と大変だったりしました。

 牡鹿の首を飛び膝蹴りで砕いたのは良いのですが、砕けたのは牡鹿の膝だけでなく、私の膝も砕けていたのです。


 通りで妙にハッキリと肉や骨の音が聞こえてきた訳ですわ。

 そりゃ自分の体も同じように傷ついているのですから、当たり前ですよね。


 私は身体強化の魔力を、砕けて真っ青に腫れ上がった膝により多く流し込みます。

 魔力に目覚めてすぐのときには、こんなふうに部分的に魔力を流し込むといった操作はできなかったのですが、先ほど身体強化という使い方に目覚めてからは、より細かい魔力操作が出来るようになっています。


 これは、魔力を使うというスキルのレベルが上がったからなのでしょうか?

 心なしか扱える魔力の総量も増えているような気がします。


 私の目覚めた力、身体強化という魔力の使い方は、正直な話、ちょっと残念な気持ちがあります。

 魔力に目覚めたのですから、やっぱり目に見える形で魔力を使ってみたかったです。


 ですがそれでいて、身体強化は私の生活にとても合っています。

 ナイフや弓といった狩りの道具が壊滅的に使えない以上、私にはこの体しか使えるものがないのです。


 先ほどの牡鹿のように、気配を殺し、死角からの不意打ちからの、急所への打撃。

 いったいどこの蛮族だという話ですが、私にはこれしかないのですから仕方がありません。


 さてと、重点的に膝に魔力を流したおかげで、もう殆ど怪我は治っています。

 こうした魔力の使い方も直感的に分かったのですが、これもレベルが上がったことの恩恵なのですかね?


 ふぅ……、やはり魔力を使ったからか、体が少し気だるいです。

 この生まれて初めての獲物を家に持って帰りたいのですが、はたして魔力が持つでしょうか。





 なんとか、初めての獲物を家にまで持ち帰ることが出来ました。

 家には革を鞣している父がおり、私が獲物を持ち帰ったのを見ると、普段あまり動かすことのない顔を少しだけ動かし、驚いているようでした。


 「よくやったな」と、父はぶっきらぼうに言います。

 たったそれだけの言葉でしたが、私にはこれ以上ないくらい嬉しい言葉でありました。


 思わず両目から涙が溢れ、みっともなくグズクズと泣いてしまうくらいには、嬉しかったのです。

 出来ればきちんと牡鹿を肉に分ける作業も自分でやりたかったのですが、どうやら初めて獲物を得た感動と魔力の使いすぎで、私の体は想像以上に消耗しているようでした。


 父に牡鹿を頼むと、私はその場で気絶するように寝てしまったのです。

 まだまだ自分は未熟者だなぁと、思いながら、私の意識は深い深い闇の中へと沈んでいくのでした。




   ◇◇◇




 そして10年の月日が経ちました。

 その間、私は父の教えを何回も反芻し、技術を己の肉体に叩き込んでいました。


 今ではまるで忍者のように気配を消して森を走り、獲物に接近できるようになりました。

 その他にも食べられる野草や、木の実。


 逆に毒草や毒キノコなんかの知識も覚えています。

 そして、目覚めた魔法、身体強化。


 これも細やかな操作も出来るようになり、今では拳に全魔力を込めたり、瞬間的に全身に魔力を高速で流したり出来るようになりました。

 これも無茶な鍛え方をした会があるというものです。


 拳だけで木を殴り倒したり、素手で岩を小石まで砕いたり、両手だけで断崖絶壁を登ったり、激流を逆らって泳いだり。

 感謝の正拳突き千回というのもやってはみたのですが、残念ながらいつまでたっても終わらないし、猟師としての仕事もあるので続きませんでした。


 さてと、私はこれからこの村を出ようと思います。

 何故私が生まれ育ったこの村を出る決意をしたのか。


 それは私の唯一の肉親である、父の死が原因です。





 3日前のことでした。

 私が家で作業をしていると、突然家の扉が開け放たれ、血まみれの父が倒れてきたのです。


 私は突然の出来事に一瞬、頭の中が真っ白になってしまいました。

 ですがこの世界に生まれた私の体はそうでもなかったようで、すぐに衣服と紐を持ち、父に駆け寄りました。


服を引き裂き、父の背中の傷口に当て、紐で強く圧迫します。

ですがそんな私の努力をあざ笑うかのように、父の傷口からはとめどなく血が溢れてきました。


どうしてでしょう。

私は心の中で酷く混乱しているはずなのに、頭の中にもう1人の私がいるかのように、手が動き、父に処置を施していきます。


そしてそのもう1人の私が言うのです。

父はもう助からないと。


血が、命が、父という器からこぼれ落ちていく。

視界がぼやける。


手で顔をこすって視界のぼやけを何とかしようとしますが、全く変わらず、ぼやけたままです。

そこで初めて私は、自分が泣いているのだと気がつきました。


涙以外にも顔が生暖かい。

どうやら父の血がべったりと顔についてしまったようでした。


「……アリシア、……もういい」


父は酷くか細い声で、そう言いました。

私は「でも……でもっ!」と言いましたが、それも父は首を横に振ります。


そして父は残りの命を振り絞るように、自分に何があったか、自分が死んだらどうすればいいのかを教えてくれました。

父は魔物に傷を負わされたと言いました。


森の色に紛れるような、深い緑色をした巨大な熊。

そいつが狩りをしている父を襲ったといいます。


そして父は言いました。

ここから逃げろと。


生き伸びるすべは伝えたと、そしておそらく、父の死を知った村人たちは、お前を売り飛ばすだろうと。

そして父は、お前の成長する姿を見届けられず死ぬことになり、すまないと、そう言い、息を引き取りました。


私は父の亡骸にすがりつきながら、ずっと泣き続けました。

遠い前世の記憶からも経験したことのない、肉親との別れ。


酷く、深く、私の心は悲しみに飲み込まれていきました。





そういったことがあり、私は村を出る決意をしました。

父の亡骸は家の近くの大木の下に埋め、その大木を墓標代わりにしました。


今でも酷く悲しくなることもありますが、今は前に進む努力をしたいと思います。

それにしても魔物ですか。


魔力というファンタジーな存在があると聞いたときから、薄々存在しているのではないかと思ってはいたのですが、 実際にいると教えられると、改めてこの世界は前世とは大きく違うのだと実感しますね。

そして村人が私を売るという父の話ですが、これはこの世界では、どうやら当たり前のことのようでした。


この世界は前世よりも残酷です。

ただ飯を食べるだけの子供を、無償の愛で救ってくれる人なんて、ほとんどいないのです。


それに身寄りもない子供は、奴隷商人にそれなりの値段で売れると聞きます。

事実、流行り病で家族を亡くした子供たちなどは、よく売られて村のお金になるといいますし。


まぁ私なんて不細工、たいした値段で売れないと思うんですけどね。

手なんて力仕事や、狩りでかなり傷だらけですし。


そんなわけで、私はこの村を出ることにします。

割と頻繁に、父は村に降りて皮や肉を他の物と物々交換していたので、そろそろ村から様子を見に人がくるかもしれませんし。


荷物をまとめ、大きな袋に皮の紐をつけただけの物を背中に背負います。

目指すのは、山を下った先にある大きな街。


父は昔、そこにあるギルドという場所で働いたことがあるらしく、私もそのギルドに所属してお金を稼ごうと思います。

ギルドでは街の雑用や、魔物退治といった依頼をこなして日銭を稼ぐらしく、また身分証の発行もしてくれるみたいです。


 家を出て、父の眠る大木まで歩きます。

 手を合わせ、最後の別れを。


「……さようなら」


 別れはすませました。

 ですが最後に、1つだけ心残りがあります。


 父を殺した、熊を倒す。

 それが私の、父への手向けです。




   ◇◇◇




 森の中を身を低くして駆け抜けます。

 そのとき身体強化の魔法を使い、普通の人間では考えられないスピードで、森の中を走り続けていました。


 獲物の後を追う技術はもう体得しています。

 それで父を倒した魔獣の熊を探そうとしたのですが、どうやらそんな技術を使うまでもなかったようです。


 森には木々を薙ぎ払った跡や、爪の跡など、後を追うには困りませんでした。

 その痕跡を追っていると、まだ温かい牡鹿の死体を見つけます。


 おそらく、首を一撃で叩き折られ絶命した牡鹿。

 その牡鹿は、腹の部分だけをぐちゃぐちゃに食い荒らされておりました。


 どうやらその熊の魔物とやらは、気分のままに暴れ、獲物を仕留めたら内臓をだけを食べるグルメな奴なようですね。

 さてと、この鹿の死体はまだ温かく、つい先ほどまでここに魔物がいたはずです。


 ここからどこに向かったのか――。

 その時でした。


 私の背後の草木が「ガサッ」という音がし、突如として全身を氷水につけたようなヒヤリとした感覚がしました。

 私はその感覚から逃れるように、身体強化でフルブーストした脚力で横っ飛びに避けます。


 すると先ほどまで私がいた場所には、緑色をした巨体の熊が、片手を降り下ろしている姿がありました。

 地面は大きく抉れており、その爪は牡鹿の死体をさらにぐちゃぐちゃに切り刻んでおります。


 危なかった。

 この熊、なかなか知恵の回る怪物なようですね。


 私は体勢を立て直すと、熊の魔物と相対します。

 でかい。


 それが私が真っ先に、この父の仇である熊の魔物に対して抱いた印象でした。

 私が女にしては大きめの1メートル後半くらいの身長だとすると、この熊は約3メートルはあろうかというデカさです。


 またその皮膚や毛は分厚く頑丈そうであり、生半可な打撃や斬撃は肉まで届くことはないでしょう。

 また普通の熊であれば黒いはずの毛は緑色になっており、それが魔物としての特徴なのか、この世界の熊の進化の方向性なのか分かりませんが、森に溶け込む保護色になっております。


 いや、この距離で相対しているのに、輪郭が森の色と同化しているように見えるのは流石におかしいですね。

 どうやらそれがこの熊の魔物としての特性のようであり、その隠密性をもってして、父を倒し、私の背後から攻撃してきたのでしょう。


 熊は私を睨みつけながら、ジリジリと間合いを図るように少しずつこちらに移動してきます。

 私も魔力を身体中にたぎらせながら、右拳を突き出し体を半身にして構えます。


 ある程度距離が縮んだとき、熊の魔物はこちらに覆い被さるように一気に距離を詰めてきました。

 巨体からは想像もつかないような、瞬発力。


 どうやら魔物という生き物は、私と同じように、ある程度の身体強化は常時使っているようですね。

 ですが身体強化という魔法についてだけなら、私に分があります。


 再度横に避けます。

 ですが今度の回避は見切り、最小限の動きで熊の巨体を回避しました。


 回避し、無防備な熊の横っ腹へ、左拳を捻りを加えて叩き込みます。

 その時に魔力の強化をブースト。


 エンジンを吹かすように、一瞬だけではありますが、普段掛けている身体強化の倍以上の魔力を左腕に巡らせます。

 空気を引き裂き、唸る拳が熊の緑色の毛に覆われた腹へと突き刺さりました。


 衝撃、鈍痛。


 手応えはありました。

 ですがそれは身体強化の修行のため、大木へ正拳突きをしたときのような感覚。


 つまり当てているだけで、ダメージが通っていない。

 ぐるりと、熊の魔物の顔がこちらを見ました。


 目が合う、また飛ぶか、いや間に合わない。

 熊の魔物がこちらの頭の高さを凪ぎ払うように、腕を振り抜いてくる。


 私は腰を落とし、後ろへ逃れるのではなく、熊の方へ突っ込んだ。

 頭のすぐ上を爪が通過したような気がする。


 私は熊へと肉薄すると、熊の短い足へと右足を蹴り入れた。

 毛が覆われている場所ではあまり打撃が通らないかもしれない。


 そう考えた私は熊の魔物の足の、膝間接の裏。

 そこへ腰の捻りを加えた蹴りを叩き込んだ。


 膝かっくんの要領で加えられた衝撃に流石の熊も、体勢が崩れていく。

 だが間接を砕いた訳ではありませんでした。


 やはり衝撃には耐性を持っているのか、あまりダメージが通っているようには見えなかったのです。

 再度距離を取り、出来た貴重な時間を使い、必死に頭を巡らせます。


 打撃では部が悪い。

 なら斬撃か?


 持ってる刃物と言えば、父に貰った狩猟用のナイフだけ。

 これをどうやって熊へと届かせる?


 ――――方針は決まりました。

 一か八かですが、恐らくそれ以外に方法はないはずです。


 まず、あいつを何とかして仰向けにひっくり返します……!


 再び熊の魔物がこちらに突撃してきます。

 今度は横方向に薙ぎ払うのではなく、こちらを叩き潰すような縦方向の攻撃です。


 それを紙一重で避けると、懐へ飛び込みます。

 目の前には熊の緑色の体毛に覆われた胴体しか見れず、次の熊の攻撃を察知するのは難しいかもしれません。


 ですがこのままダラダラと打撃を与え続けても、私の体力と魔力が持たないでしょう。

 なのでここで終わらせます。


 魔力の放出量を上げ、両腕に集中。

 「ふッ!」と息を吐き、両拳を熊の胴体へ打ち込みました。


 脇腹の肝臓(レバー)付近、体の中心の(ストマック)、鳩尾、鳩尾、レバー、ストマック、ストック、。

 やはり返ってくる感触は大木へ拳を叩き込んだような、ずっしりとした重たい感触。


 だが打撃は止めない。

 肘や手首が熱を持ったように感じるが、まだ、まだ止めない。


 打撃、打撃、打撃。

 腕を伸ばし打撃を打ち込む度に、魔力の流れも前後に動かし、筋力のアシストをかける。


 皮が剝ける、血が出る、骨が軋む。

 どれだけ続けていたかは分かりませんが、おそらく時間にしてみたら数秒程度なのでしょう。


 視界の端で、熊の腕が私を抱きかかえるように腕を動かしているのが見える。

 それはまるで私の命を刈り取るギロチンのようです。


 アドレナリンが溢れかえって麻痺している私の感覚からは、全ての動作がゆっくりに見えていきます。

 後方へ回避――いや間に合わない――さらに前へ――!


「おおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 何かが焼き切れるような感覚を覚えながら、魔力をさらに己の肉体へ流します。

 両足への魔力強化、最大。


 両足を地面を砕く勢いで、蹴りつける。

 その両足に使った魔力を今度は右腕に全て持っていき、さらに腕から拳に集中。


 集まった魔力によって薄く光る拳を、全力の跳躍による勢いのまま、熊の顎先へ目がけ――叩きつけた。

 「ゴリッ」という今までとは違う感触が拳から伝わってくる。


 そしてスローに動く世界の中、顎を殴り上げられた熊の顔が仰け反り、そのまま仰け反りが徐々に熊の全身に伝わっていく。

 私が地面に着地する瞬間と、熊の巨体が仰向けにひっくり返り、地面へと崩れ落ちたのはほぼ同じでした。


 ――まだ、まだ終わりじゃないッ!


 顎を打ち抜かれ、脳を揺らされた熊の魔物は地面に倒れ伏したまま動かない。

 だがまだ死んだわけではないのです。


 腰にいつも差している剥ぎ取り用のナイフを引き抜く。

 父に貰った数少ない贈り物。


 そして仰向けになった熊に馬乗りになると、心臓のあるところに突き立てました。

 だけどただナイフを突き立てただけでは、毛や筋肉に阻まれて深くまで刺さりません。


 心臓どころか、血すら流さないでしょう。

 だから、軽く突き立ったナイフに、さらに攻撃をくわえるのです。


 今日幾度となく使った魔力によるブースト。

 もう残っている魔力も残り少なく、おそらくこれが最後になるでしょう。


 魔力を使い切れば気絶してしまいますが、ここで倒せず死ぬのであれば同じこと。

 体の自由が戻ってきたのか、手足を動かし始めた熊。


 私は全身に掛けっぱなしだった身体強化を一端全て止めると、使っていた魔力を全て右の拳へと集中。

 熊の魔物は頭を動かし、体の上に乗る私を見ますが、もう全て手遅れなのです。


 熊と目が合う。

 熊の魔物は私の右拳に集まる魔力に怯えているようでした。


 父……、いやお父さん。

 ――今仇をとります。


 先ほどの熊の顎を揺らした拳のときとは、比べものにならない光が私の拳から発せさられます。

 その光り輝く拳を振り上げると、軽く突き立ったナイフへと全力で振り下ろしました。


 爆音、衝撃。

 全力の身体強化の一点集中からの、ナイフによる一点突破。


 爆風すら伴って叩きつけられた一撃は、ナイフを伝い心臓を貫き、さらに突き進むと地面へと突き刺さっていました。

 殴りつけた熊の心臓付近はべっこりと凹んでおり、さらに地面には突き立ったナイフを中心に小さなクレーターのようになっています。


 体の自由が利きません。

 魔力切れによる倦怠感は酷く、今すぐにでも眠ってしまいたいです。


 熊の顔を見ます。

 見れば口からだらりと舌を出し、目を大きく見開いたままピクリとも動かない熊の魔物。


 朦朧とする意識の中しばらくその熊の顔を眺めていると、やっと自分がこの巨大な熊の魔物を倒したのだと実感できました。

 歯を食いしばり、何とか立ち上がろうとしますが、鍛えたはずの筋肉がうまく動いてくれません。


 足をもつれさせて、熊の死体の横で転んでしまいました。

 そのまま仰向けに寝っ転がります。


 空を見上げれば、木々の青々とした葉っぱの隙間から、澄み渡るような青空が広がっていました。


「私、勝ったよ。……お父さん」




   ◇◇◇




 気絶から目が覚めると、どうやら思っていたより長い間気絶していたわけではなかったようです。

 気絶する前に見上げていた空の太陽の位置が、さほど動いていませんでしたからね。


 ゆっくりと起き上がると、周囲の安全を確認します。

 森の中で無警戒に眠っていたことに、今更ながら少し恐怖を覚えますが、森は異様なほど静かでした。


 どうやら私の最後の一撃の爆音やら、魔力の放出やらで、動物たちは一斉にこの辺りから逃げ出しているようですね。

 ちょっと腕を動かすだけでも億劫なのですが、それでも頑張って這うようにして熊の死体へと近寄っていきます。


 そして心臓に突き刺したはずのナイフを見ます。

 するとあまりの衝撃に、ナイフは砕けながらも地面に突き立っており、衝撃の凄まじさを物語っていました。


 なんとか魔力の回復を待ちつつ、少しずつ熊の死体を動かし、ナイフの破片を回収します。

 うう……、お父さんの形見が……。


 砕けたうえに、熊の血肉がべっとりと付着して大変なことになってますよ。

 仕方ないので軽く肉を手で落とすと、布で作った袋に入れておきます。


 砕けてしまったとはいえ、お父さんの数少ない贈り物です。

 このまま持っていくことにします。


 にしてもこれ、血を吸いすぎて呪われたりしてませんよね。

 どうせなので熊の鋭い爪も、叩き折って持っていくとしましょう。


 さてと、これで心残りは本当にありません。

 町へと向かうとしましょう。


 ――お父さん、今まで育ててくれてありがとう。

 ――私は、これから1人で精一杯生きていきます。


 こうして私は、住み慣れた村と森を後にしたのでした。

 これからよりよい人生がありますように。






 町に向かった主人公。

 その主人公を襲う悪漢たちや、依頼で向かった森でオークに襲われるアリシア。

 とりあえず鍛え上げた筋肉で持って解決していくが、何やかんやでドラゴン倒したり、王女救ったり、救った王女のお付きの侍女になったり、その王女の子孫をずっと守ったりする。

 まぁそんな話を、書けるときにぼちぼち書きたいなぁ。



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