86/699
遅刻
わたしと同じく今頃わたしの彼氏も困っていることだろう、わたしが側にいなくて。机が冷たくて。どこを触ってもじぶん自身に触っても冷たい、内部、その舌も不協和音もひたすらにひやっとしているだけ。
この瞬間、さぞ困っていることと思う。見渡す限り絶景だろう、わたしがいない場所はあまりに広くて、彼の目には嘘しかない場所に映る。
そこはさぞ寒いのだろうと思う。
一人歩きながら、わたしの考えているのは最近二つのことしかない。
わたしはやはり車を運転するようなタイプの女ではないっていうこと。雑念を捨てて、例え十秒だろうとただ前を向けていた瞬間がこれまでに一度でもあったかどうかさえ怪しいもの。
わたしの頭はすぐに余所事を浮かべてしまう。
この困惑は彼のものでもある。時節柄、仕方がないことだ。でもどうしようもなく恨み節なんだ、こんなに今わたしが困っているというのに、居合わせてくれないだなんて。
わたしの彼氏君はほんとにしょうのない人、手ものべてくれない。わたしも遅刻彼も遅刻、折角わたしが何もないところで転んで、往来の中ゆっくりと身を起こそうとしてるっていうのに、もうほんとにこれって大大大遅刻だ。
だからわたしはまた歩き始める、マフラーに顔半分を押しつけて。




