少年Cの苦労話
「なんだかまるで不感症の喫茶店みたいな雰囲気が、黙っている時には漂う男子。」
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「休憩時間、彼らのグループは窓際に集まる。その視線を感じていない。ただ一人、少年Cは除いては誰も。問題はそこから始まる。」
「彼女に関しては以後はY子と表記する。」
「Z子。失礼、このY子という少女は」
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「少年Cは、それ、おれのハンカチ、とはいい出しにくいなと思っている。」
「二人のルールを濡らしてる、少年C以外は誰も要らない雨が。」
「音を立てて、机の下に落とした。」
「時おり、少年Cは、授業中、目を閉じる。天井を見上げる。」
「彼はよくやるようにその時もまた、自分の考えがないふうを装っていた。」
「コップの中が、空っぽだ。そう口には出さず、指を指した。」
「はぐれたかった、という思い。」
「シナリオの要請により少年A発声。」
「だって来年受験生だしだってバレー部入らされた。」
「少年Cは勘違いをしてしまう。資格と、視覚。けれど、少年Cに限り、その二つは同一のものである。」
「とてもゆっくりと動く。全てのものが動く。
ずっと、じぶんのやっていることの何もかもが見えていたということはない。変なものや変なことを、食べたり目に入れたりする。」
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「イヤホンをしている耳。微かに音漏れがしている。『フローライト』。」
「目、目、目。」
「いつも何も隠していない、短い髪。誰もが疑わない、なにかの運動部の次期キャプテン。立てている寝息や、頭の形や、開いた窓から入る風で膨らんだカーテンが机を包もうとするのも、適度な美しさをそこに、見ようとする者には見えるぐらいには、見せている男子。」
「その男子のことをそこにいることを追いかけようとする女子たち、いや、目。目、目、目。」
「見ようとする者たちの中でも同じ事情は一つとしてないけれど、選べるポーズも同じではないけれど、結局のところ悲しいほどにどれも目でしかない。この瞬間をつなぎ止められない。」
「「「「「
「日ごと、少しずつ狂っていく、高校の音楽室のピアノ。」
「雑多な悩みの種、堂々巡り。この狭い教室に集まる。何もかもが自業自得でしかなかった。悩ましいZ子たちによって、青春恋愛映画は垂れ流しにされたままで、スマートフォンのタツタツいう音を父兄は聞かねばならない。」
「彼のグループの中にCの姿はない。その男子のグループを形成している一人であるCに、わざわざ頼みごとを作り、利用価値があるか見たいので話しかけようとした女子が、目で休み時間の教室のなかを探す、だがすでに大したことのない用事を作ってCも、厄介な女子しかいない教室から脱出している。」
「「「「
「Cがまた苦労をしている。」
「一方その頃のY子はといえば、願いごとの最中。止まらないで、そのまま床の上転がれトマトよ、止まらずあの壁まで行くんなら私、あいつに対してツンデレーションをちゃんと。」
「Cにとって面倒な電話がかかってくるようなタイミングは、ある日の一時間スペシャルのコナンを観ている時だったりする。」
「夜の七時過ぎ、トマトが潰れる音。小四の弟の足によって。」
「「「
「何故二番手と目されてるのか、大抵の生徒には説明が出来ない二番手の男の子というのがいる。彼らのような存在は視線、噂話、罪のないシミュレーションの中でも、そもそもの始まりから終わりまでぴたりと二番手の男の子として収まっている。本当になぜなのか分からないが。もっというと、甘んじて受け入れている。そう見られさえする。努力が足りない、と。向上心、虚栄がない、と。」
「同じ駅を使っているので帰りにだけよく一緒になる集団というものの中で、Cは二番手の男子と話す機会がある。少年Cはいつまでも少年Cのままでいいけれども、なにしろ学年で二番手の男子なので、そちらはそうはいかず、日々Y子に巻き込まれる格好だ。見ているだけで疲れる、と少年Cは思う。」
「二番手は少年Cに応援されている、と思い込む。Y子に顔を覚えられようになるまで頑張る。それからY子が顔を歪め、快感を覚えるようになるまでになる。」
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「少年Cはそっと顔を消しておく。あるいは廊下に出る。少年Cは、スペシャリストなのだった。何の為の、誰の為のか。それは分からない。判然としない。意味を持たない。そういうことなのだ、意味を持たせることなくそこに彼らと一緒にいる、ということ。」
「Y子の握った俵型のおむすびは、切れていた唇からの血で赤く染まる。その男子は、慌てず騒がず表情も変えない。口の中にそれを押し込む。誰にも見られないで済む。ただし、Cは、誰か、のうちに入っていない。」
「どんな思いも、窓から入る風にカーテンが膨らむなどして、いつも切断される。彼女たちはそれを切断とは呼ばなかった。」
「汚い気持ちが近くで存在すらしていてはいけないというY子たち。それはちょっといきすぎのようにCには思えていた。独占しようとするのを黙って見ているのは悲しいことに、常に声たちなのだ。」
「それらをY子が手離す、するとどういうわけか、何もかも一斉に落下していく。何もかもが彼女に付き合う。ヒビが入る音をさせる。」
「少年Cは耳を塞げない、常に。はやく土曜日になれと祈りつつ、辞書を開く。」
「有事の際には、ここが、そこになった。」
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「その男子の昔馴染みとしてグループを構成する男子でもクラス内でとりわけ存在感を持たされてしまっているAとB。」
「Cと二番手の放課後や、休日の過ごし方に二人は近頃関心を寄せてきた。何だか妙なことに、よく一緒にいたがるようになってきていた。Y子にとっても邪魔が入らず都合がいい、と少年Cは思い、つい四人で遊ぶことに決めてしまう。」
「一方その頃Y子のポエムノート。開かれてから一時間経過し、完成、と独りごと。」
「いつも大袈裟なあなたに、わざと手を振らずに改札機のところで別れた時だって、ずっと一緒にいたい。そんな背中でいてよね。」
「「「
「ある特定の考え方と、同じ部屋にずっとは居られない。だから出ていく。出ていくのには理由があり、その理由がなければ出ていく理由も多分見つけていなかった。その部屋で座っていても多分よかった。いい話し相手にはなれないし、彼らとて少年Cと話していても得るものなど一切ないだろう。隣の部屋は、この部屋とは違う。たしかだ。静かだ。」
「何を選んでも、何をなびかせていても、ここでは何もかもがY子とその男子のことにしかならない。」
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「かみつくこと、プレゼントを渡せないこと。試す、しわをのばす、この曲のボリュウムを上げる、更なるストレスによる発汗、ここがどういう世界なのか思いしる、時計回りの苦しみ、つらい試練を試練と思うだけのこと。」
「机から落としてしまったペンの転がる先に、いつも見えている答があった。教室の床にも、ちゃんと、それがあったっていい。埃まみれというレベルじゃないけど、薄汚れのついたY子の、そして確かにY子が拾うべき答があった。もしかすると彼にとっても、正解と見るべき正解が、いつもここに転がっていた。それはそこらじゅうに、いつも見かけてた。教科書の隅に、通学用のかばんにみせかけていたかばんのそこに。とりまココア作ろうっと、と棚に近づいていく時のY子の視界の隅に。なにかちょっと傾けただけのとき、そこに何を入れているのか失念する二人、考えなしにおかしな角度にしてしまうので、それを落っことす音。若い二人の、二人分の、落ちる音。」
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「徒歩で行かれる距離だからと歩きだした彼ら。答が分からないことでも、何でもいいから欲しい、今日欲しい。」
「遊園地に行って転ぶ娘。」
「あたたかいところとつめたいところ。何より違いを意識していた、その違いならいやというほど学校生活で見て、感じて、知っていた。その移動、信じられない移動。ふれられて、それは否応なしに不意うちになった。」
「息を吐く、長く細く吐く。衝動に相応しい、両目瞑り。」
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「無意味に、胸を張った」
「決して気づいてはいけない、それに。」
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「Cは不意に自棄になり、インターネットで誰かが紹介する、いわゆる泣ける本といわれるものを探す。合う曲があるというレビューを見る。この本の物語には、夜空に咲く花というタイトルだったかな、その曲がとても合いますMEGARYUさんの曲です!ぜひ聞いてみるべき、こんな文だったがいつの間にかY子の声で脳内再生されていて、なにいってんだあのバカ女、とひとりごちる。」
「水中に落ちていく旅行鞄の中の優しい思い出だって沈んでいった。喜びを見つけないといけない。」
「いなくなればゼロになるはず。」
「長いながい時間、何かを考えていたはずだ。けれど少年Cに思い出せるのは学生鞄についてやけに昨日考えを巡らせていたという、このことだけだ。」
「何も入っていなくて、薄っぺらくて、軽く、あってもなくても何も変わらない。何も変えはしない、あの指定鞄。その移動距離について(嘆息ものでしかない)、その面白みのなさについて、不思議のなさについて。」
「プレゼントのことを、考えていた。」
「またしても、少年Cはそこから姿を消している必要がある、いつか、まだずっと先の、あの二人のための砂浜に、一人出向いた。親の車で遠くから移動してきた子どもが置き忘れていたスケッチ帳を、全部に足跡をつけていくY子から守ることぐらいなら、少年Cにもできるのだが。」
「「「「「「「「
「何の思い出もない九月にデコピンする時の音。」
「Cには権利がなかった。二つあるうちのどちらか一方を、選べない、ということさえ、選んでいいはずだと彼も考える。でもそうはいかない。彼らの美しい思い出のなかに入れられることから、ただ逃げたかった。Z子の中学時代の思い出に含まれることからは逃げ切れなかった。」
「制服の胸の辺りをつかみ、壁に追いやられ、けれど、助けてほしいと告白していいのはその男子ではない。Cのほうだ。」
「「「「「「
「少年漫画が、道に落ちている。
開いた少年漫画が、風に音を立ててページをめくられている。
常時少年漫画は少年漫画を夢見るけれど、それだけでもなかっただろう。少年漫画が届かない、かすり傷一つつくれない、それでも少年漫画は少年漫画を止められない。少年漫画を踏み、歩き続けた少年漫画が生き残ることだけが起きていることだ。少年漫画はそれを夢見る。生き残ること。コンビニエンスストアの店員たちは気にしないようにした、気丈な少年漫画だけが生き残り、可能性の問題なんだろう、きっと。」
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「夢を与えてもらう。夢がこわれる。夢を与えてもらう。夢がこわれる。夢を与えてもらう。夢がこわれる。夢を与えてもらう、夢がこわれる。夢を与えてもらう、夢が、こわれる。夢を与えてもらう夢がこわれる。夢を与えてもらう。夢がこわれる。夢を、与えてもらうと夢がこわれる。夢を与えてもらうと夢がこわれる。夢を与えてもらう、と、夢がこわれて、夢を与えてもらう、夢がこわれる夢を与えてもらうと夢がこわれる、びくびくしながら近付く。こわい、みたい。それは、みたいな存在で。そして、また夢を与えてもらう。そして、また夢がこわれる。」
「何もない空を見るだけの一軍、それまでが暗すぎた。」
「「「
「学祭では客そっちのけで男の娘、ハンターハンターを読んでたいから落とし穴にわざとダイブしてくタイプの男の娘。」
「自転車修理待っている一時間。」
「「「「「「
「これは聴力検査だから静かにしている。」
「特定の胸を締め付ける声が、靴音が。」
「誰も記憶していないそれは、彼の周囲に張り巡らせられたものだった。彼は教室にいないのも同然だった。」
「たぶん誰にも突破できないバリアのことだ。」
「予告なしで。」
「遠ざかる。殆ど何もかもから、といってもいいかもしれない。学校の廊下でやる、チェイシング・ペイヴメンツごっこ。」
「「
「すると彼は彼らしく喜んで会話にもなってない会話を一つ残らず大事なもののように扱ったのだった、以前までと何ら変わりなく。」
「ただし少年Cを除いて。」
「彼女と花びらにとっては、それはそういう見え方をするべきではなかったみたいに、彼女のいるところにただ立っているのが、目的だったみたいに、彼はただ彼らしくあの教室にいれたらそれですべて問題なく、気分もよくて、ずっと彼の言葉も彼女に向かって降り注いでいたいだけのものみたいに、花びらが、バリアがあるところに積もる様子を見るのだって、彼女には楽しいことだから、彼には楽しいことだから。」
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「バケツリレーをやったあの時、ほんとうは溢れていた。目からも、それが零れ出していた。」
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「本当の声で、本当に大切に思っているのが何なのか、誰なのかを、いってしまったら少年Cはもう、こんな、へんないろのスリッパも履けなくなるのだ。」
「十二月後半、二番手の男子の自宅は異様な古さ広さ静けさ。二番手が誰もいない家だからと少年たちを強引に連れこんだ。前に誰かがいっていた、キノ全巻もってこい、という言葉を誰かがちゃんと実行し、低く垂れ込めた空の下の同じ屋根の下の炬燵に入り少年たちはちゃんと回し読みをした。」
「誰かがおならをする。かなり長い間が流れた。」
「Cは初めて彼らの前で声を上げて笑い、三人はわざわざ身を起こしてそちらを見た。やっとか、と少年A。」
「ほんとにやっとだな、と少年B。」
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「ポケットに突っ込んでいたその男子の手袋が生徒用玄関に落ちて、それに気付くのも、届けるのも、Z子だけ。」
「誰が、いつ、泣き出すのか定かじゃない高校二年目の冬。」
「もう彼らは旅立ちの日を意識していた。目的至上主義のふりすらしている。」
「「「
「やっぱりあくびまじり、バレンタインデー。」
「「「「「「「「
「事故の影響で目的地が遠い列車の中に閉じこめられた午前九時四十分、たまたま鞄に入れていた一冊のこと。」
「「
「積もりましたね、」
「そうかもしれない、」
「なるほど これはエピローグですか それかプロローグなのですか、」
「俺の体は非常にやわらかいです、」
「そうですか それはたいへん素敵です、」
「どうして、」
「あなたのど真ん中にある 大きなその穴に手を入れてもいいでしょうか、」
「どうして、俺のこれに あなたの手を入れるのには反対です、」
「そうですか それはざんねんです、」
「どうして、」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「
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「彼女の案の定、彼の案の定。」
「まだ出荷されていない状態、同じ工場にいた時に、その二つは、目が合った。それを、かつて、工場で作業者として働いていた頃、少年Cになる前の少年は、見下ろしていた。」
「結局のところ、彼らは同じトラックに乗せられることはなかったし、だいいちまず彼の案の定と彼女の案の定は、ジャック・ケルアックの小説の中でも、イ・スンウのでも、ぶつかり合ったのだし、速度制限にかかっているため正常に表示されない場合があります。」
「だし、速度制限にかかっているため正常に表示されない場合があります。」
「だし、速度制限にかかっているため正常に表示されない場合があります。」
「だし、速度制限にかかっているため正常に表示されない場合があります。」
「だし、速度制限にかかっているため正常に表示されない場合があります。」
どうして、
「彼女の、のどのところまで来ていたその彼女の案の定から、少年Cが、目を逸らせることができていたのは、少しの間だけ。」
「ジェイムス・ブレイクのEPにおそらく収録されているだろう作品でも、それらはすれ違っていた。」
「でも、悩み続ける彼がおでこを擦りつけている壁に染み込んでいく、彼のその案の定。」
「次々に少年少女の所有できていたクローゼットは消えていく、開けられなくなる。」
「空港まで行かなければよかった、約束なんかしなければよかった。」
「二人分の案の定が首を吊り、揺れている音。少年Cしかいない。」
「かつて、願ったことを、当のじぶんが願ったことなのにそれを、じぶん自身が、破棄して、真逆の行動をとるのなら、大切な思いが存在するのは、どうして?」
「
世界は、間に合わない電車や、間に合わないリボンの色、間に合わない長男やら、間に合わない最後の一葉、間に合わないパロディー、間に合わない息切れやらで溢れかえっていなきゃならない場所だ。
その夜、家を飛び出した彼は彼に奪られたふりで、ちゃんと自転車を貸しあたえることができた。
その夜の少年たちは、ちゃんと間に合う。
ちゃんと、それは間に合う間違え方になってくれる。




