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ただただ、少年が自分の上着を脱ぎ相手に掛けてやる時の描写






 少年は自分の着ていた上着を、こまかく震えているその少女に向かって素早い動きで掛けてやる。



 肩からずり落ちそうになる上着を、慌てて手でつかむ少女。

 顔を上げる。



 すると隣にいる男の子のそっぽを向いた顔、その左の耳があんまり真っ赤になっているので少女は驚く。

 たった今少女の受け取ったのは、その赤、今まで貰ったことがない素敵な、その贈り物を、言葉がみつからない少女は見つめ続けていた。




         ・




 完璧な少年は完璧な少年の上着を完璧に脱ぎ完璧な少女の完璧な肩にそっという音もなく完璧に掛けてやり完璧な少年と完璧な少女は、完全な暗闇のなか、完全に包囲されている今の状況を忘れて、また確かめ合う。




         ・




 少年は上着を脱いではみた。




         ・




 少年の上着を少女は満面の笑みで受け取った。

 冷えきった手をポケットの中に避難させ、そして思わず大きく開いた口。

 ポッキーであった。



 甘いチョコレートのコーティングがなされていない部分を野郎、すべてコートのポケットの中に。



 彼女はまず少年の親切の押し売りを我慢しなければならず、次に悲鳴を上げるのすらも我慢しなければならず、ほのかに漂う男子の体臭にかんしても我慢し続けているうちに、笑いは本物の笑いへと変化していってしまう。黒い笑いに。




         ・




 少年は自分の着ていた上着を脱いだが、あまりにも粗末な代物で、寒さに震える者が二人に増えただけの結果に終わる。



 そう口に出しもして、食べ物もない燃やせるものも何ひとつない凍える夜のなか、少年は懸命に少女に話しかけている。



 少女は最後まで、そのたった一つの火のある方をぼやける視界でみていた、少年にありがとうを伝えていた、それは心からの声だった。




         ・




 少年は自分の上等のコートを、ためらいもなく少女の肩に掛けてやった。何故か。



 今現在その必要性は生じていなかった、もしかすると現在も未来にも、過去にすら、そんな必要性は本当に生じていたことはなかった。



 そして、そのことが彼にも見えたからこそ、たった今そうしてもよい理由に、もしかするとなったのかもしれなかった。



         

         ・




 少年は羽織っていた上着を、ちゃんと広げて見て汚れがないかをチェックした。



 少女の視界にもその様子は入っていて、彼は彼女に近寄り、本当にこうしていいのかどうかもわからないままに、うつむいた少女の肩に優しく掛けてあげた。




         ・




 少年は自分の上着でぬれた異性愛者のかたを守ってやる。




         ・




 少年は自分の上着でぬれた同性愛者のかたを隠してやる。




         ・




 少年はさっきまで自分の上着だったものを無性愛者が羽織っている姿を見ると、ようやくほっとした。




         ・




 恐らくそういうことだと思う。

 少年が自分の着用していたアウターを優しく相手に掛けてやる、その時のための練習。



 時刻は午後八時、私は実家のほこりくさい二階の部屋の窓を開けるべく、懐かしい色のカーテンをひいただけなのだった。



 向いの家に住む男の子の部屋で繰り広げられる、痛々しい一人二役。



 ある種のそんなトレーニングを二分近く私は眺めていた。



 結局、とても、とてもりっぱに成長をした彼には気づかれぬままに私はカーテンをまたひいた。

 三年振りの、階下からの母の呼ぶ声。今晩わが家はそうだ、天ぷぅらうっどーんうどうどーん。




         ・




 少年が自分の厚手のコートを脱いで、無造作に枯れ木のような身体に掛けてやる。跳ねるようにその肩がびくりと上がって、それから咄嗟に相手は地面に落ちないようコートをつかんで元の位置に戻すが、激しく混乱している様子だった。



 ふたりの少年は、暗い森の奥深く、互いに初めて至近距離から相手の顔を見つめる。



 火をおこせない状況といっても、これじゃ気詰まりだ。一人の耳が熱くなり、するとそれは相手にもうつった。



 風と夜の冷気のせいで借りたコートを引き寄せるようにしている少年の姿を目の端で見ていた少年は、胸がどきどきしだした。




         ・




 少年が同情から上着を具合の悪い少女に掛ける。



 感謝の言葉を少女は口にしながら、見るからに上等の上着がずり落ちないよう、異性に慣れていないせいで照れているのもあり、自分のほうにもっと引き寄せる。



 すると、ポケットの中で何か紙が動く音がしたのが耳に入った。まずいと少女は思って、少年の目が届かない位置で取り出した品をこっそりと確認した。だいじな手紙とかが折れちゃってたら大変、と思っていただけだった少女の顔が、見下ろした途端に歪む。



 それはどこかのダイナーで撮られた写真。



 今現在よりももっと幼い時期の少年と、少女が二度と会えない、そして誰よりも会いたいと思う女性が立っていて、あの笑顔、少女の大好きな花を彷彿とさせる大きな笑顔を今こちらに向けている。



 少女はぐらつきながらもどうにか立ち上がった。

 写真は離さないで。

 借りた上着は地面に落として。



少女「あんただったんだ?」



少年「どうかしたのかい?」



少女「あんた、あんたのせいで、お母さんはっ」




         ・




 最後だ、と夜明けまえの少年。これで最後だね、と目を閉じたままの少女。僕は行く、だけどこの上着をきみに残していく、どうか僕のことをこいつで思い出してください、と唇を結んだままの少年。やめてください、あっそゆのやめてくださいほんと無理、と狸寝入り少女。












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