姉弟詩集
土曜日
彼が朝からソファーにいた、しかも休みの日の午前中から。
休日の朝なのに、静かな朝だったので、彼女はおおいに油断していた、でも彼の背中があるのが見えてビクリとしたのにも、それ以前にご機嫌の彼女がテイラー・スウィフトの「ロング・リヴ」を口ずさんでいたことに対しても、一切、無反応。
いつもの彼なら、こんなふうにはしない。
姉に、こんなぬるいやり方をとる種族ではもう、ない。
彼女の弟が悲しげに、じっとしているのは、高校にあがってからの真新しい友人に借りた真新しいCDをじぶんで踏み、ケースにひびをいれてしまったから。
普段、彼女の弟は土日に自宅でじっとしているタイプでは全くなかった。姉であるじぶんとはぜんぜん違って。
いま彼女ののどまで上がってきているのはこんな言葉。
ずっとずっと
大人になんかならないでほしい
日曜日
小学の中学年のころ、ポスター制作のために暑いあつい部屋で、絵筆を口にくわえてしまった弟がいた。
あのころ、なにが楽しいのか、ぴょんぴょん跳ねてばかりだった男の子がいた。
あのころの皆が着ていた色とりどりの小っちゃなシャツ達は今一体どうなってるのか。
今どこにいてどうしてる? 知らない、分からない。
洗濯物の小山の前でぼんやりとし続けて、もう二十分近くも小山のまま。
音楽はある、今もある。
音楽をかけた部屋で、高一男子のポーズを思い描いた。細い身体を思い描いて、それが動き出すのを思い描いた。
みられたら、と怖くなる。手早く畳んでいく。
月曜日
どこでだって大きな笑い声を響かせるうちの弟。
よかったな、というのが姉としてのわたしの最新の思い。
今も昔も、姉のほうは暗いから。
わたしの登場なら、人が集ってない集会でしか歓迎されない。
朝。
また、電車で大学まで行かなきゃならない。
玄関口で、はっとしてうちの中を振り返って叫ぶわたし。
「光らないわたしの誕生日を光らせようとしないでね、おかあさん」
火曜日
母は持ち帰った苺を前に置くと、つまらないテレビを消す。火曜日のあたたかな夜。二人の女性はどちらも、弟であり一人息子でもあるただ一人の男の子に、今夜ここで苺を食べてほしかった、と話し合う。愛はつねに最小サイズでこっそりと隅でコトリとだけ動く。
水曜日
いつも決まって水をこぼす姉だった。
そして手の甲で濡れた口元を拭う。
いつも決まってそれは右の手の甲。
彼の温度のない視線。
幼いころ、姉と弟は食べ物でよく遊んでいた。
昔の記憶は、とびきりの最新情報と同じくらいに、二人の間ではよく動き回った。
ろくすっぽ、ひきさくこともないくせして、引き裂く。それを生活と彼らの母親は呼ぶ。
木曜日
同じ小学校にかよっていた二年間、駄作としてみられた姉だった。
若い和解のし方など思いつかない。
弟が好きだというだけで好ましく思えるようになれる歌詞がかつてはあって、でもこの先、そんな歌詞はもう存在しないのだった。
金曜日
弟の本性は弟をやっていくことでしか、みることはできない。
荒れた唇でいい表すってだけ。
蓋をした本心に何がこびり付いてるのかみるのも怖い。
視線反らしたおれは何なんだろうって薄暗い廊下で立ち止まる。




