すきというきもち
少年が少年らしくいる、少女もまた理想と現実を混ぜあわせながら歩き続ける。そういう着色だ。気付いてもいいことは、少年少女は気づいている。それは強さでもなく弱味にもなりえない、絶対にずっと急所にもならない、ただ一人の人間が息をしており、そして一人の内にある小さくはないただの、これが好きだ、という、たんなる気持ちであって真っ当な彼らが私立高校に進学するのと同時にあらゆる場面で口をつぐむようになってしまってはいるもののかつて専ら口に出して公言していたのも彼には当然の行為と思えていたし彼女は今も信じていた、じぶんが好きだと感じている事実だけは。心だけは。
彼ら彼女らはしかしそれをしない、絶対的にこれこそが僕の正体であるわけでじぶんの正体を黙っていることなんて当時は何かしら不誠実なのではと思えていたし今だってそう思えるだってそんなのそこに愛があるとはとてもいえないじゃんね、けれど今彼女はそれをしない。
これはこの状態は、恥ずかしさからの沈黙状態なんかではないのだ少年少女は、ちがう、と叫ぶ。これが好きだ、と部屋で思う。現時点での正確な表記はもはや、すきというきもち。もう彼には分からなくなっただけだ、彼女にはその視力が下がっただけだ、教室では見られないものと見られるもの。すきというきもち、これを持っていると強いということには繋がりにくく弱さには容易に繋がる。毎日登下校を繰返す、すきというきもちを運んでいる、いつの間にか持っているものが変質しそうな登下校、すきというきもち、から遠い場所に行くのだと思うことが、なにかたんなる登下校ではなくしている、としばしば彼女自身は思っていた。このごろ高校に通う彼女よりも急速に大人びてきている妹のいうことは大抵いつも同じで、どうしてこんなにも、すきというきもち、には試験がないのに試験対策みたいなことがいるのか。無理解による、凍りつくこと。踏み出すこともいるし、踏みとどまることもいる。そして何より、注意深さ。彼女は忍耐強くすきという、彼女は何度でもいう、彼女はすきというきもちを暗い部屋で抱く。これに編みこんでしまうものが日々ある。どんどん増えていく網戸、そして、れいの爪。それはむしろ内側に向かって伸びていた。眠気に襲われるというよりは、ぶつかった。求める心があるかぎりは、と彼女はメモする。壁に気づかないふりは許されないそれだけのことだ、と彼女はメモする。
彼女の妹が彼女に向かっていう。
「遠いよ。いや遠い遠い、遠いから。なんでなん。どこいくのお姉やんは?」
それを出した、というか何故か出てきた体を彼は見下ろすことになる。
一体いつから始まったものだったのか、これは、すきというきもちは。男子高校生は日付けを探す。維持費も計算している。問題はいつも名前のあとにくるものだ。
彼は主に彼でいるべきだ。でも、それこそが、一番、すごく常にくるしいことだった。
いつのまにか、お供にコーヒー。いつのまにか、砂糖もミルクも必要としなくなっていた。
ある日、彼はなぜか目を傍らのマグカップに落とすと顔を上げられなくなる。この男子高校生はしばし電源を切られたような状態に陥る。いつもの夜いつもの明かりいつもの勉強机そしていつもと同じくじぶんで用意したインスタントコーヒー、彼が望んだとおりにこれらが熱くまるく静かにきちんと彼のところに留まっている照らしている、沈黙している。呆けたように彼が見つめ続けている、ただ見つめるということを続ける、何のプランも彼にはない。ただ冷めていくだけのブラックコーヒー。
ただ夜が更けていく。




