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岩の扉
俺は彼が美しいのは同意するし、恋をしている時の気持ちが一番楽しいのも同意する。恋はとても善いもので、人がひとを好きになるのに理由なんか要らない。ただ誰かを理由もなしに好きになり、やがて嫌悪するに至ったとして、そこにはいつも理由が存在している。嫌悪や憎悪の感情に理由がないということは、決して、決してない。恋愛経験を重ねていけば他者に好意を抱くにしても慎重にならざるを得なくなった。ろくでなし達は、じぶんの持ち物を手放すのも上手なら、勝手に他の誰かの物を手放すのだって上手にやっていたりする。俺はそういうタイプの人間ではない。遠い所に行けない。
「お前も行く?」
「あーいや、俺もちょっとここで坐ってる」
メロン味シェイクのカップを持った右手を上げて見せると、彼は僅かに笑ってから離れて行く。
彼が美しいのは、同意する。
恋が善いものだという価値観にも頷く。
でも俺は手放すことはないだろう、こんな作り笑いも、どこにも行かないようにと、彼のいる所に行かないようにと地面に張り付いたままのシューズも。




