誰とも抱き合わないままでいたかった
彼女は抱き締められたくない、抱き締めたいという感覚にまるきり馴染みがない誰かの二つの腕に。
密着しているというのに冷たく、それに彼女の背は曲がっていて、ハイヒールの日だった場合だと転倒の危険も高まるだろう、その人の抱き締める腕に込められた力があんまり強いせいで。
あるのは、彼女のあえぎ。軋む体。大抵、女性の悲鳴は女性の悲鳴だと誰も分かろうしない、理解しようとしない、悲鳴が上がっている真っ最中であろうと。それから苦痛で自動的に溢れる涙。嫌なメロディも内側から流れだすだろう。彼女の舌が外側に出ているだろう、苦しみが大きすぎるために、長く続いているために。そして、けれどこんな段階に至ってなお彼女は内心、じぶんの姿がみっともなくて恥ずかしいと思うに違いない。
彼女の湖の上に二人は立っていて、一つになろうとしている。
こんな事態にしてしまい申し訳ない、と彼女はそう思っているのだろう。両親の教育の賜である。彼女のあの御立派な、クソったれ共の遺したクソの一つである。
痛いことも苦しいことも怖いのだけれど、彼女の中にはそんなシチュエーションを望んでいる部分も全くないけれど、確かにそんな様子を思い浮かべている時が度々彼女にはあるのだった。
彼女はずっと誰とも解り合わないままで、誰とも抱き合わないままで、痛かった。




