どこまでも
弟を誰よりも愛する彼女。それにかんしては明確な理由もある。彼女にはずっとそれは用意されていたから。生まれたその日から弟が弟だから。
先に彼が死んでしまったら? 運命を呪うのは当然だけれど、じぶん自身を彼女は滅茶苦茶にするだろう。
私は泣くわ、泣き続けて、じぶん自身の涙の海で溺れ、死してなおそれは続いてゆくのでしょう。私は怖いわ、とても。必ずきみが先に死んでね、私の可愛い弟、おそろしい事態を想像してるだけでもこの心臓が凍りつきそう。涙のこと、いつものことだけれどね、私が真っ先に考えるのはそのこと。私が死んでしまって、涙の一つもきみが見せないのだとしたら、本当に、本当に、一滴の涙すらないのだとしたら。そう考えると駄目なの、人間同士の絆なんていうシロモノにかまけてるうちは許してあげる。だけどこれだけは絶対に譲れない。
幼い日々、彼女は彼に悪戯をし、お姉いぢわるいと彼にいわれもした。変わったものは数多くある。ただ変わらないものもある。彼はナンバーワンだから、そう彼女は感じ続けてきた。
私がきみを殺す。
弟を前にして彼女はじぶんを抑えられなくなった時、箱から取り出して頬擦りするようにして度々この考えを心に思い浮かべているのだった。やるかやらないかはともかく、世界じゃない、と思うこと。殺すのは私、きみの最後の時は、と。お姉を許してね、とも思いはするが、これは時折だけだ。
たったいまも彼女は、コーヒーカップを受け取ってはいるものの、殺す、と思いながらも弟に向けた優しい表情を浮かべられるアンバランスな人物である。その笑い顔は自動的で、完璧。この場にいる全員、心の動きを読めた試しがない彼女の温度調節。
猫舌のじぶんのためだけに弟が出してくれるコーヒーに、常とは違って彼女は迷いなく口をつける。そして思う。ほんと、今すぐここで死んでよ。




