おかえりを干す
ママたちは、あたしのみてるとき、はなしたがらない。
さいきん、たくさんのことが、そうだ。
だけど、あたしだって、いくつかは、ちゃんと目でみて、しってるの。
エレベーターのところで、かたほうのひとが立ってて、いっしょの箱になるときが、あたし、ある。
朝はやくだから、大きく口をあけて、あくび。
おとのしないあくびなの、うちのパパとちがう。
そして、すごくほそいからだ。
あしはながい。
スーツをいつもきてるほうの、男のひと。
かみのいろは、黒。
もうひとりのほうは、いろがうすくって、せだって小さかった。
小さいほう、リュックをしょって、歩いてたの、みたよって、友だちはあたしにはなした。
しんちょう、小さい。リュック。
しんちょう、たかい。スーツ。
二人の男のひと、すっごい、かっこういい。あたしたちは、教室とかで、そう、はなしてた。
まだあたし、小学校で低学年で、あたしは、持ってない。すきな歌も、持ってない。ない、いいも、わるいもない、どうでもいい歌ばかり。
わたされて、あたしは持った。だから、持ってない。あいや、ちえ、せいぎも、目力もない。
男のひとたちの、帰りはおそいの。
くらくなって、時間が、すごくたってても、ベランダにおかえりを干しっぱなしなことは、しょっちゅう。
そんななので、ママたちの、きにいらない。
いやんなっちゃう、だそうだ。
あたしにいわせると、何がいやんなっちゃうだか、わかんないんだけど。
あたしたちのマンションがあるのは、おかの、うえのほう。
空が、あかるくはれた日、お母さんたちは、おかえりを干す。
たしかに、おひさまの光をあびた、ママたちのおかえりなさいは、せいけつ。
おかえりは、きもちいい、いつも。
あたしたちみんな、小っちゃいときから、ママたちのおかえりなさい、大すきだった。
つつまれてるとさ、あんしんなにおいだ、いいにおいがする。
そんななのだから、よけいに、この胸の、おかしなきぶんも、あたしはすごくもってる。
つめたい、かおをする、ママをみてると。
あたしがかんじる、そんな大きなあんしんは、あの二人、男のひとたちも、すごい、いっしょなんじゃないのかなあ、って。
ごごのじかんに、マンションのろう下で、ママたちはたまに、おしゃべり。
ママたちのはなしは、まるでなんか。
なんか、あのひとたちに、しかくがない、みたいなこと、あの男のひとたちのはなしで、はなすの。
がちゃがちゃランドセル、ゆらし、あたしは走るの。
あたしはかんじる。
みると、きくと、さわると。
さわって、においがせまってきて。
目をつぶってても、あたしはかんじる。
がちゃがちゃランドセルゆらしてあたしは走る。
エレベーターまえ。
いた。
いつもスーツなほうの男のひと。今日はごみの日、していのふくろ。手にもってる。
「あの」
ねむたそうに立ってる、箱をまってる、男のひと。
すこしの、ゆっくりな、首のうごかしかた。
「おはようございます」
とびらが、よこにうごいてあいてて、男のひとのいっつもきつい目、しせんが、それた。
「おはよう」
なんどめか、今日、よこならび、ならんでて、だけど、くちをきいたのは今日がはじめて。
でも、箱のなかではいつものとおり、男のひととは、しずか。
そっちが、みれない。
とびらがあく、すると、一階にたくさんいる、集団登校の子たちのそれら、はなし声がシャワーみたい。
とびらがあくと、あたしと男のひとに、わっと、ふるように。
男のひとよりあたしの足が、さきで、そとにでる。
ふりかえって、みたかったけど。
あたし今日、はじめて、男のひとに、あいさつしたんだよ。
これは、あたしだけで考えて、そして、きめた。
ぜったいに、ないしょのできごとなの。




