真実
姿見の前に立つ。
いついかなる時でも、化け物と相対することになる。
私は息が苦しくなり、震え出す身体をどうにもできなくなる。
ただ立っているだけなのに、汗が滲み出す。
私は会いたくなんてない、お前にだけは。だがお前に会ってしまうんだ、今日も。そして明日も明後日も、お前だけ。私にはお前しかいないしお前にいるのは私だけだからだ。私は今本当に泣き出しそうになっている。お前が本当に醜い化け物だからだ。天使も同情するのは不可能だ、化け物の条件を完璧に満たしたお前だから。
お前はずっとそこにいた。ただそこに存在した。
部屋に流している音楽、外国語の派手な曲がまるで悪いジョークのように感じられてくる。気が遠くなる。だけどお前はずっとそこにいた。これまでずっと、きっとこれから先も。
誰もがお前の顔から視線を逸らしてきた。体格の良さがまるきりプラスに働いていないのだ。むしろ醜悪さが引き立つ。思わず見上げたお前の顔は、見つめるほどにパーツの配置の致命的な間違い、それぞれが本当に全て間違っている、間違いが間違った方向を向きすぎているために知らないうちに首を傾げそうになるだろう、そして人びとは考える、なぜこれほどまでに珍妙な存在を許しているのか、そう問いを発したくなる、誰に向けてかはわからない、しかし、この世界に生きる人びと全員、お前を許せない。
こうしてお前は存在してしまっている、この事実が不協和音を生む。この世の誰一人、お前の在り方を許容したりしないと、なぜ理解しないのか。お前はひょっとして理解する日が来なければいいと考えたのか?
お前はじぶんの顔の造作をいい訳にし、髪に櫛もいれず、肌も手入れせず、着るものもけちるようになっている。何たる悲劇だろう!
これを悲劇と呼ばず何と呼べばいいのかと、誰もが思う。誰もが同じ思いでいるなかで、たった一人だけ、いつもお前だけが、醜さを続けようとした、生き続けようとした。間違っている、何もかもお前は間違っている。
お前の手は荒れているね、私はその手はとらないが言葉にしてやることはできる。過酷な仕事に加え、精神的なもののせいで親指の爪は酷い有り様になっている。こんなのはちょっとしたケアですぐにでも改善できるのに。
食べるものにも気を払っていないお前は、出来物があったり唇は荒れたりと、これは顔というよりかは、とにかく人が保ち得る惨めさを集積する場と考えたほうが正しい認識の仕方であるように感じられる。お前を見ていると、定位置の惨めさとは、怒りへと容易く繋がるものであると私も理解できる。
こんなお前を連れてどこに行けばいいのかちっとも思いつけない。
世界のどこかにはちゃんとお前の居場所があるんだろうか?
いいや、お前に居場所などあってはならない。
お前を愛し尊ぶような人間など一人としていやしない。
誰の目から見てもそうだ。見れば見るほどにそうだ。
お前は化け物として産み落とされ、家族の誰からもひとことも声をかけられず、静かにあの家を出ると放浪の末に、それでも何とか食いつなぐ手立てを見つけだした。だけど誰も誉めてくれたりはしなかっただろう? ああ嫌になる、お前の表情と目の動きを見ればすぐに色んな物が見えてくるし、わかる。だがお前の生きる場所や時間については考えたくもない、お前めがけて投げつけられた石が、私にも当たっている。
もう泣かないでほしい。そんな涙は何の役にも立たないから。
お前にあるのはただ鋭い牙と爪。人に近づくな、町に行こうとするな、欲すること、明日へ繋ぐこと、夢を見ることもだ。
私も傷つけられ続ける、お前の叶わぬ願いを目にするだけで痛くなるということが最近どんどん増えている。
もうやめてほしい、こんなことは。
わかりきったことだと思うが、お前はお前としてずっと続いてゆく、永遠にお前のままで。誰にも抱きしめられやしないのに。誰にも相手にはされない、お前に合うような、お前が望むようには世界はできていないという単純なことがどうして理解できないのか。お前の巨きな、お前だけの孤独と餓え。見苦しいだけのお前の物語に、つける火すら世界は与えなかったじゃないか? お前の叫びはどこにも届かないままだったじゃないか?
音もなくお前は倒れて死に、灰は灰とも思われず、風に全て散らされて、ただ消えていけ。




