おはなししてといわれた俺が語ろうとする物語
ある国の催眠術師が本を書いた。老齢の男によく見られる、この世界で何一つじぶんが得たものがなかったわけではないのだと自身に示さずにはいられない、という動機によってだった。男と仲間グループの間で回されていたその本は当然ながら外部に流出するのは避けるべき本で、けれど事態はときに最悪の形で現実になる。ズブの素人などには絶対に手に取らせてはならない一冊の本を、絶対に手に取ってはいけないタイプで、もっというなら年若い女性が開いてしまう。
彼女は部屋に本だけを残して煙のように行方をくらましてしまう。
ここから本格的に話が動き出す、といってよさそうな感じもする、例えば映画なら何も始まらないわけにはいかない。導入は済んだ、いよいよここから本格的に始まっていかなければ、早くちゃんと面白くならなければ、ただでさえまばらな客は席を起つ。
彼女の恋人とその友人によって本は術師の元に返ってくるのは間違いないだろう、でもそれ以上を語ることは、嫌だ。
もう嫌だ、あの女の息子が、いなくなった女が産み落とした息子が世間の荒波にもまれつつ溢した本音がそれだった。
嫌だ。




