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雪と歌






 雪の中にいつも彼は飛び出していく。犬のように。



「彼女がそこにいる、僕には見える」



 小さな町ではありふれた光景として扱われるいくつかの、幾人かの狂気というのがあるものだ。

 実際のところ、彼はいつも同じ行動を続けていた。実際のところ、彼のそうした狂気には一滴の酒もドラッグも無関係だった。

 彼はかつて恋をした。

 結末はどうであれ、素敵な恋をした。

 当時を知っている大人たちはそういった。たとえ青年の一部が修復不可になるほどいかれてしまった原因が、そんな恋とやらにあるのは最初の時点から分かりきっていたとしてもだ。



 青年を破壊した恋だけが芸術になるのが小さな町だった。雪がこの町に降ると、部屋着のまま表に出る、靴を穿くのもまどろっこしいと、赤く赤くなりながら誰も知らない場所まで、本人にさえどこなのか正確にはいえない場所に向かって駆ける、そんな男が芸術になる。町がどこも真っ白になっていく中を彷徨い歩くような、心がすっかり壊れているさまが芸術になる。行かないで、と叫び続けるあの声が。雪景色の中で崩れ落ちるだけの男の孤独が。

 雪の町の真夜中の芸術。






 二月の中学生たちはだから何度か気配に目を覚ますことになる。

 ベッドの中から、弟妹たちが窓のカーテンを半分開けて観察している姿を見つけては呻き声を上げる、そんな夜が、少年少女にはある。



 かける言葉が中学生たちにはみつからない。みつけたいのかどうかもよく分からない。

 それは、かつてのじぶんの姿だった。

  


 兄がいる男子は、じぶんの時にはどうされたのかを思い出す。ぎゅっと言葉もなく抱きしめるように、腕と毛布を巻きつけに来てくれた。

 姉がいる女子もそうだ、言葉もなく、一緒に起きていてくれた姉の温もりを覚えている。



 小さな背中から伝わる真剣さ。だけど、だからこそ耐え難い、と二月の中学生たちは思う。じぶんたちは、持っているものはそんなに多くはないし、綺麗なものも一つもない。

 片手でしっかり毛布を纏い、反対の手で小学生の毛布やら何やらを拾って冷気を放つ窓に近づく。言葉を中学生たちは持っていない。

 暗い窓辺に座って、しっかり二人分の温かさになるように身を寄せ合って、目を閉じて細く長く息を吐けば、行かないで、という犬の遠吠えが子守り歌になる。

 












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