特別
午後五時になり、選手たちは濡れた水着姿でぞろぞろとプールサイドを歩いてくる。いつものように、タヒ・サイハテがなんの前触れもなく水の中に飛び込む。彼女は飛び込むのが大好きなのだ。
「こらっ」
私は泳ぎを開始したタヒ・サイハテを叱るが、目はプールの方を向いていない、そんな余裕はこの時点からすでにないからだ。
なぜかぐるぐる歩き回っているアオノはいいとして、私がなぜかいつも姿を見失ってしまうのがマーサだった。
一刻たりともマーサを意識から外すことをしないようにと注意しておかなくては。
今日こそマーサを、と私が考えていたその時に、ミズサワがグイグイと頭を押しつける動作をする。近い。
ミズサワは、このクラスいちの優踏生であるようでいて、何かが違う。大人をなめきっている、と考えていいような気も時々している。
エリカについては、何も心配しないで大丈夫。
クラスの問題の筆頭がマーサだ。私がグイグイモードのミズサワの頭を優しく押しながら距離をとろうとしていたまさにその時、マーサはさっきまではそこに、と私が見ていた場所からは忽然と姿を消しており、そう、これがマーサなのだった。
ああ、どうしてなのマーサ。
「マーサ! マーサはどこに行ったの、誰か見てなかった?」
コーチ、私たち教えを乞うているよ、とタヒ・サイハテが天井を向いて水に浮く体勢をとっていう。
でもそんな余裕は私にはない。男子たちは少し離れたところで水の中に入っている。泳ぐでもなく、シンクロの真似事をするために。塊になり、きゃっきゃしている。
「マーサどこ!!」
「おれはフリーしか泳がない」
「そうですかサイハテさんそうなんマーサ!! マーサ?!」
アーク・ザ・ラッドの話をまたしてよコーチ、とミズサワが私のお尻を見つめながらいう。
そんな余裕は私にはない。男子たちは少し離れたところで水の中に入り、八つ墓村。あと私一回も出した過去ないよアーク・ザ・ラッドの話題なんて。
皆、わりに水着選びは値がはるものをチョイスしている中で、サイハテは古い水着を着た格好でいつも堂々とやってきて、ただ黙々と泳ぐだけだ。
フヅキという子は、一番遠い。
オオサキはお喋り好きの女の子。私に何かを、エールを送ろうとしているのか、急にサムズアップ。私は苦笑い。
「よーしじゃ、皆さん集合してくださーい!」
むろん誰も従わない、むしろ離れていく、今のが合図だったかのよう、一斉に全員がプールの底目指して潜っていく。
急にしんと辺りが静まり返る。私は顔にかかった水飛沫を緩慢な動作で拭うと、えーっと、と独りごちる。
その水は、私の脇を勢い良く走りすぎてプールに飛び込んでいったマーサからの贈り物。
毎回こうだ。みんないなくなる。私がやるべきことを始めようとするタイミングで、みんな水の中。
けれども私は、彼女たちがいつも、あまりに長いあいだ上がってこないので、ちょっと面白くて、そうなるべきタイミングでもないのに、顔が笑い顔になってしまうのだ。
「みんな息続くのスゴいな~」




