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終電
わたしを信じてくれないの、と彼女は静かな夜の中で目だけでそういっていた。
そんなふうに考えてほしくないと反射的に彼はいいそうになる。そんな顔をするような、そんな考えは捨ててほしいと彼はいいたい。だったら、じゃあ、どういうふうに考えていてほしいと思っているのか、それが分かっているし、いえる、今そんなじぶんがここにいないといけないはずだ。いない。いえない。分かってはいる。分かっているからここにいる。ここ、彼女のそばに。手を伸ばせば彼女の肌に触れられる距離に。皮膚があり、熱があり、そして何より生きていることの柔らかさ。彼は思う、手で触れ存在していると確認できるものでなければ信じるに価しないと。
「どうでもいいんだよ」
若い彼は顔を背けるとそういった。




