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彼と彼女が踊るのを見ていた






「私は彼と彼女がダンスを踊るのを見ていた」



 かつてじぶんで手帳に書き付けていたこの文、明らかにわたしのと分かる、ヘロヘロの手書きの字で過去のわたしが今のわたしへ伝えているワンシーンが今日、頭の中で明らかに今までになく鮮やかなものに変わっている。

 もうどこにも彼女らが存在してないことは明白である、いや一瞬だって存在したとはいえない、なのに同時に、存在し続けようとしてもいると確かに感じる、たったこれだけの一行だけだが。

 ここに広がりを感じているわたしが今いる。



 この感じ。

 最初に思いついた時の手触りとは間違いなく、全然異なる手触りがしてる。ここから出発してじぶんの基準では長めの短編小説へと発展していったとしても、特に構わない。だけど恐らく今わたしの受けている印象とはその時には違っている、完成してしまえば遠くなる。わたしには経験的に分かる。

 そう、この感じ。

 短い文章の中で視点人物となっているこのわたしは、今のわたしとも違ってて、昔のわたしとは全然違っていて、むしろ彼女のほうにこそわたしは近くなっている。

 この全ての視線の動き、その一つ一つまでいえてしまうような感じ。

 初めて他者の視線に込められている意味合いを、その意思を汲み取れているような感じ。





    ■■■





 私は見ていた、彼とダンスを踊る彼女を見ていた。

 彼女を見ていた、その回転を、腰、髪、踵、胸、鎖骨、唇を。

 彼女は踊る、私のちっぽけな忍耐強さ、涙の書き方、泳いでいる目。

 期待薄の望みと彼女は踊る、全部は時期尚早だった、だから彼女は踊る、彼女は踊っている。

 私たちは回る、彼女の過去と未来、理想像を散らしながら。これらはあまりに素敵であまりに簡単なこと、彼女は踊る、彼女は回る、止まることはなく、続けることができる。

 彼女は私であり、同時に全く違っていて、だから踊る、私の密かな希望や、パースペクティヴ自体、私のための私が書いた手帳、あることないこと書かれてて、それも踏まれた、彼女が踏んだ、それ自体が踏まれている、踏まれているし、踏んでもいるのだと動作の中で彼女は私に伝える。誰が誰なのか一瞬分からないような感じがすること、それ以上にどこにいるのかよく分からない感じがすること。踊る彼女は踊らない私であるという証拠はない、私は全てと踊っている彼女という証拠はない、だって彼女は今彼女の全てで踊っているから。先ほどからの彼の困惑は伝わってきていた、だからこそスピードが上がっている、世界の速度、原則、退屈以外の何物でもないそれらを笑うために彼女は彼を選んだ。その手を朝アラームを止めてくれないそんな手だとか考えることもできる。大切にする、と口先だけでいえてしまう男子を、かわいい、なんて考えることもできる。それを踏む、彼女は痛くしない、だけど彼のことを敢えて踏む。彼女は笑う。声を立てて笑う彼女。そんな彼女は壁を背後に立っている私からはとても遠く、だが遠さは、ときには何よりも近いことを意味している。

 彼とダンスを踊る彼女は、その靴先は、私たちの教科書をどれも蹴り散らし、彼らがいうような急ぎ方、汗の掻き方、絡めとり方を、今は否定も肯定もしない。まるで泡だった。彼女と彼は踊り、これまでの努力は無に帰す。ささやかだけれど役に立つこと、部品交換も、期待感、望み、理想の美しさも、正しい幼少時代、グロテスクな成長、瞬間の真実さえも。全部、全部彼女は今わらっている。




 そして彼女は見ている、彼が私とダンスを踊るのを見ている。

 そして私は見ている、彼と彼女がダンスを踊るのを見ている。












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