いい匂いがしていた
いい匂いがする。
ひたすらにいい匂いで、そうとしか僕にはいうことができなくて、説明を求める声に応じようと言葉を考える間にも続いている、いい匂い。
この匂いの正体をこの目ではっきりとさせようと思い立った僕はいえをすてる。思い立った僕はいつも何かしら捨てる。
目を閉じ辿っていくことできみの街へ僕は入っていく。僕には分かる。今はもう思い出せないけど前のじぶんが持ってたものを捨てたことの意味がどれだけ善と呼ぶにふさわしい意味だったのかが。きみの匂いが明らかにここを中心として日々を送っている。僕は早くも懐かしい気持ちになる。いい匂いが漂っていただけの時期、僕は混乱気味だったのにそれが何だか懐かしい。堪らない気持ちに僕はなる、僕は走り出す。
僕は今、いい匂いがするのが怖い。きみの存在と距離が近づいてるのが怖い。
取り返しのつかないことをやっているじぶんを僕は見ない、ついにきみを見つけ出すじぶんを僕は見ない。
僕は何も聞かなかったし、きみのほうも恐らくはろくに聞いていなかった。何を聞くべきなのか考える暇さえ僕が与えなかったのだ。
きみを壊し、とてもいい匂いがする、と僕はいう。
いい匂いがする、していた、きみを好きでよかったと僕は今もいえるから、少しの安堵をおぼえてる。




