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おびき寄せる






 おびき寄せるための餌になるのだといわれたので、大人しく捕まることにした。

 口では、わたくしは暇ではないのだけれど、そしてわたくしの不在これはこの世界にとって大きな損失といえるのだけれど、などといいつつ、今のこんな毎日が消えたところで私の存在が消えるわけではないのだという、そのことを私は思い浮かべていた。

 それに、そんなふうにいわれるのを心のどこかで、いつからか期待していた気もした。



 その場で男たちに捕らえれた後も、お前はおびき寄せるための餌だといわれ続けている、演技とはいえど弱者らしい女のする悲鳴や涙なんて、これが初めて。

 これからどうなるの、なんて考えて胸が激しく鳴るのだって初めて。

 ところが時間が流れていくと、ようやく冷静さも戻ってきた。ところで目隠しされたわたしのことを黒ずくめの三人が監視し続けているのだけは伝わっていた、でも伝わっていないことを、彼らは口で教えてくれるわけでもない、待っていたってそのへんのところを変える気もないのだろうということに、私は思い至ったわけだ。

 彼らの正体もだし、おびき寄せようとしている人が来たらどうなるのかということも、振り返ってみれば考えずに捕まったわたし。

 お前はおびき寄せる餌になれといわれただけで、無抵抗で捕まったわたし。

 よく考えてみるまでもなく、早計だった。



 あなたは一体どこの誰?



 まさか時間の経過だけを感じている羽目になるだなんて、思いもしなかったもの。

 今や無為に過ぎていく時間のなか、だんだん当たり前じゃなくなってきたのは、黒ずくめが何者なのか、はたして彼らにとっての私が何なのかという点だ。

 伝わってくる、わたしのところにやってくるのは、次のようなものだ。

 名前も分からない小さな羽虫、名前のない風、今までこの胸にまでは届いてこなかった歌、そして思い出たち。

 思い出たちは細っこかった、大人の目から見てみれば痛々しいほど痩せて、こりゃ今日のマラソン大会は走れないね、といって座らせたくなる痩せ方だった。

 涙が枯れた頃、歌さえもここを見離した。



 わたしは今までに、これほど強く肩をつかまれ、引き寄せられたからといって、そちらにじぶんの身を預けてしまったことはなかったのに、というぐらいに母の思い出に寄りかかった。



 こんなわたしを見つけたのは、鳥たちだけ。

 鳥たちは留まり、わたしのいるところにわたしは根を張った。やがて彼らが戻ってきてわたしを伐りたおした。わたしの鳥たちよさようなら、トラックが遠くまでわたしを運び、散り散りになり、それからまたわたしは新しく分配されることになる。子供たちの元へと紙のページになって届き、わたしは文字として子供たちの目に映り、わたしにはこれは幸いな帰結のように感じる。でも一方では、大人たちの目には、わたしは脅迫文として映り続けているらしいのだ。

 誰かをおびき寄せ、そして誰かを誰でもないものへと変質させることを意味する、わたしは脅迫文になったのだ。











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