囚われた者たち
彼は途方もなく長い時間はかかったが、それを、じぶんに付いている耳だということにちゃんとできた。
「手」
ぼくの手、と彼は見下ろしながらいい、ぼくの目だ、と彼は触りながら嬉しそうにいう。
こちらとしては聞いていて愛しくて仕方がないのだが、常に何かを恐れつつ彼はやっていた。
彼は彼にできることをやり続けていた、ぼくの心、と彼は、今日一番の戸惑いを露わにして今いったところだ。
「心? 心、ぼく? ぼくの心? ぼくの、こころ?」
彼は一人小部屋で繰返し繰返し唱える。外で起きていることと、彼のやっていることは、あまりに違いすぎている。
彼の閉じこめられている扉の前から僕は離れる、いっそ気取られないようにするのを止めたいと思う。
この塔の近くの森には、たまに街の子が迷いこみ、うっかり反対方向であるこちら側に出てきてしまうケースがあった。
僕は言葉を発することは許されておらず、食料を届けに来てくれる係の者にいつもするように、紙を出して、かんたんにではあるが地図を書くと、そんな少年少女たちに手渡す。ときにはキャンディーを渡すこともある。
振られる手に手は振り返さず、見張り番に僕は戻る。
少年少女の喋り声笑い声歌声は、いつも彼にも届いているのは間違いない。
しかし彼はまるで息を潜めるようにしていて、反応を見せたことはなかった。
僕があの扉の前に行くのも本当はとてもまずい。だが時おり休憩に行くみたいにして僕はあの扉の前に立ち、なかにいる青年の様子を探る。
青年。
彼がこの僻地に連れて来られたのがいつなのかは、詳細は明らかにされていない。
でも幼い時分にそれが起きたのだとしても僕は特に驚かない。
僕がこの塔に監視係としてやって来てからすでに四年が過ぎようとしている。
僕はここのところよく思う。こんな日々が彼にとっては幸いなのかもしれないと。
扉一枚隔てた距離。音もなくずっと立っているだけ。
こちらが全てを知っている筈もない、なのに、そう思ってしまいたくなっている僕がいた。
僕は彼の恋人でも、兄弟でもない。友人ですらない。
ここには、どこにも行けない彼と僕しかいない。




