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誰もいらない






 わたしは時折、ある昼下がりにリビングにいた妹にまじまじと顔を見つめられながら、汚い顔、と一度だけとはいえはっきりといわれたこと、じぶんの両親から向けられていた眼差しから容易に読み取れた侮蔑、等々を乗り越えたような気になる。



 わたしは誰の助けも借りなかった、わたしは自力で抜け出した、とはいわない。わたしは孤独な少女だった。そのひとつの事実が消えないというだけ。



 家族で車に乗って移動していた全ての時間が、今ではやわらかな時間だといえる。今ではだけど。

 あの時間たちこそがわたしを育んだ。

 わたしの純粋な憎しみ、声に出さないでいただけのわたしの数々の暴言。あの人たちは学校生活において常に強者であった側で、わたしはといえば強くも弱くもなかった。中学生あたりから、ずるい人たちの中に加わっていこうとしていた友人たちを、戸惑いながら見ていた記憶が今でも鮮やかに蘇ってくる。



 わたしの孤独は何度でも始まる。何度でも終わって、何度もまた始まるというだけの話。忘れてしまいがちではあるけれど。

 彼らが下した評価は正しい、と感じる。彼らはとんでもなく曲がっている人々だから。今ははっきりとそれが見えてきている。勝手にどんどんやりなさいと、そういえる今がある。



 乗り越えたわ、とわたしはだから、すごくいいたいのだ。だが、本当にそうなのかという疑念も、当然ある。わたしはわたしの影を今日も確認する。ひたすら真っ直ぐにやろうとしていた人たちだったんだ、と。



 スキーも、プロ野球の観戦も、晴れた休日にテニスに出かけることも、勉強も、わたしにとってそれら苦手なものは全部、彼らが作ってくれたものでした、出来る限り最悪の教え方で教えてやろうとそんなこと思って接していたわけではないのは理解している。でもそれが何の足しになるのだろうか?



 スキー場からの帰りの車の中で感じた、あの惨めさをわたしはずっと忘れることはない。

 前の座席の両親がどんな顔で、どんな気持ちでいるのか考えないように努めていた、幼いわたし。一人でこらえて、窓の外をずっと見ていた。夜の家族の情景。



 あの晩に限らず、今ここで、泣き叫べば、どうなるのかな、なんて何度か考えたりもした。

 どうにもならない。そもそもの始まりから、あの世界の全てはそういうふうにできていた。












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