その朝僕を捨てる全ての存在
ひとつ間違いない点は、それが起こるのは朝のことだと信じるじぶんがいるということ。美しく晴れた雲の少ない空が広がるそんな日の朝だ。
まず間違いなく穏やかな世界、いつも通りに見える世界が彼の背中を押すことだろう。
それはある朝に突然やって来る。平日か休日か、それは毎朝の光景としてしか目に映らない、そんな晴れた朝の日に。
後々になってからでないと、僕は彼のサインには気づけない。
そう、多分サインはあるって僕は思っている、ないよりはある確率のが高いだろうと。
そう、ひょっとしたら素晴らしくよく晴れたこんな朝に、こんなことをいい出すなんてどうかしてるんじゃないだろうか、という思いで僕はその朝、動揺してしまっている確率が非常に高い。
そうしてそこで、またしてもやっぱり、とても多くを僕は見逃しているに違いないんだ。
完璧な一日の始まりみたいに先刻までは見えていた朝食時間も、いきなりドラマの中の舞台セットじみて見えだしている。
そうだ、そんな朝にだ、彼は突然昨夜までの僕がよく知る人間とは違う存在に変わり始めるのだ、きっと。
こんなに前触れもなしにと、僕はそれしか思えないだろう、間違いなく。
つまりその朝、それは僕なのだけど僕ではない何かといわざるえないのだが、当然こちらの気持ちとしては誇張でもなんでもなく、そこにそうして座っている彼は彼ではない。もはや全くの別人であるそいつが僕にいおうとしていることとは、こうだ。
やけに唐突に彼は切り出す、その男は頼みがあるのだという。
それは僕にしか頼めないことだ、と男の声はそういう。
要するに彼にとって本当に他人に頼めることではないからそれはとても難しいことでしかもどうだとかこうだとか、男の声は喋り続けているのが遠くに聞こえているのだが意味を僕は殆ど理解してない、彼はいつもと変わらず相手の目を見ている、そして何かをいっているとしか。甘くて、ずるいことを、としか。
でも、よくは分からないなりに、その朝、僕はもしかすると首肯して、その話を聞こうとする姿勢を示そうとしさえしているのかもしれない。
これは、自分でもいつも不思議に思う。尊重なんてできるんだろうか。甚だ疑問なのだ。実際のところ、その朝の中にいる僕のでできていることといったら怖れることだけに違いないから。実際のところ、僕はそれまで他者の存在があること自体に怯えながら生きてきた。また実際そうだったのだ、害をなすものとして僕の目には他者が映っていることが殆どだった。例外ももちろんある。頭でも理解している。経験としても、ささやかながら持っていて、善きものをめぐる記憶として残ってもいる、だけどそれでもこれについては確率の問題なのだと感じる、強く。
いや、それをそう捉えていることこそが僕の間違いであるのかもしれない。大勢の人たちがいうように。そんな連中が口を揃えていうように、僕は、じぶんを哀れんでないといけないのかもしれない。そこから始めていかなきゃいけなかったのかもしれない、それをするのがいつの時点のことだったかは不明だけれど。
つまり結局、やっぱり、その朝がきた時になって僕ができることといったら、なぜか、変わらないじぶんでいようとしたことだ、というしかないのだから。
彼からのいきなりの話に、僕は怯え、固まっていた。
彼が前触れもなくそれを持ち出したということ、そんな彼そのものにも、僕は怯え、固まっていた。
必要なのはそんなんじゃないのに。
正面から彼の眼差しを受け、朝の光の中に僕は座っている。何が持ち上がっているのかのついての考えなど、全く頭にはないままに。
そもそも相手が何をいっているのかろくに聞いてもいない、最悪なことに、そんなじぶんになりかねないのをいつも僕は知っている。
いつの間にか彼のほうでも口を閉ざしていることに、僕は気づくだろう。
テーブルの反対側でじっと座ったまま耳を澄ませようとしているその様子に、動揺は増すばかりだろう。
全てが間違いだ、彼にそういいたい。最初から間違いだったといっそ僕はいいたい。
で、こういったシチュエーションにおいては、ばかばかしいようなオチが用意されていることもきっとある。
下らない頼み事を、真顔で。またいつもの彼の天然ボケ。それか、何度目か分からないこちらのはやとちり。
で、そんな可能性はその朝僕の頭には全然思い浮かんでたりはしない。そんなのって今の僕にはもう思い浮かんだりしないのだ。
僕にとって彼の存在は大きすぎて、たまらなくなる。
最愛の友。彼が存在すること自体が、いつしか大切で、失くすのかと思うと怖くて、立ち竦む。誰にも分からない。
いや、僕が悪い。これまでの生き方が間違っていた、ただそれだけのことなのだ。僕はきっとそこでそう考えている。考えても仕方がないことを考えている。
僕は今も考えても仕方がないことばかり考えている。
何にしろ、その朝、必要なのは、今持っているものじゃないのは確かだ、と。きっとそんなんじゃない、全然違う、勇気を持つこと。
下らない、みっともないじぶんになることも厭わない、その日の朝、僕が持つべきなのは勇気だけなのに、と。




