利
すぐに枯れる井戸のところで何があるのか、何かやることがあるのか、知らない。
すぐに枯れる井戸のところでいつも彼らは立ち話をしている。
数が多いほうが有利。だからおれはいつも負け続けてる。
君は誰にだって嘘がいえる。たぶん、じぶん自身にも。
これは昨日、君が実際におれに対してしてみせたこと。
座ったままの君が聞こえるように悪態をついた、完璧なタイミング。
部屋からおれが出ていく寸前、君は豹変した。
さっきの笑顔がフェイクだったってことをただ知らせるためだけに。
君がどんな人間なのかってかんしての見解なら、君以外の人たちは完全に一致させてる。
彼らは分かっていて目を逸らしている。もちろん明日からはおれもそうする。
意味を持たないその声。
意味を持たないその手。
意味を持たないその感情。
意味を持たないその上下動にも、いつでも君は名前を付けなくてはいけない。
それを君は愛と信じる。そんなじぶんを愛せない他者なら君は敵と信じる。容易く。
数が少ないほうが不利といつも彼らは考えている。その点だけは明確だ。
連中のところに君が加わっていたことを不思議に思ったわけではない、動揺なんてものも感じなかった、ただ前に一度見た君の姿が、いやに鮮明に頭に浮かんだんだ。
おれが降りようと思ったことのない駅のホームに、君がいる。
誰にも触れられない自身の躰をじぶんで抱き締めて。
崩れ落ちようとしていた君の姿がおれには確かに見えた気がしたんだ。




