彼らも結婚する
彼は本から顔を上げ、滅多に存在主張しないアイフォーンを手に取り、途中のページに指を挟んだままの本の表紙を見下ろした状態で、おめでとう、と真新しい美しい夫婦に向けて明るい声でいう。通話を終え、彼の脳裏には色んな考えが巡りだすのだが、ひとまずのところ、きりがいいところまで本の続きを読み、本を置き、友人夫婦の披露宴にしっかりとしたコンディションで出席するための、調整や準備しなくてはならないことのリストを、手帳に書き込んでいく。それから彼は再び週末のソファに戻る。
世間の動きなどの一切合切は気にせずに彼は読書をして一日を過ごす。
彼は本から顔を上げ、滅多に存在主張しないアイフォーンを手に取り、途中のページに指を挟んだままの本の表紙を見下ろした状態で、おめでとう、と今や妊娠中となっている女性に向けて明るい声でいう。通話を終えた彼は一人暮らしの部屋で立っているじぶんに気づき、全く気づかなかった、と考えつつ座り直した。彼の胸の内には色んな感情が渦巻いているのだが、ひとまずのところ、きりがいいところまで本の続きを読み、本を置き、友人の人生でひょっとしたら一番忙しい局面でありながら早目に報告をしてきてくれたことへ、改めて動揺しつつも、予定日や彼の想定を手帳に書き込んでいく。それから彼は再び週末のソファに戻る。
世間の動きなどの一切合切は気にせずに彼は読書をして一日を過ごす。
彼は本から顔を上げ、滅多に存在主張しないアイフォーンを手に取り、途中のページに指を挟んだままの本の表紙を見下ろした状態で、おめでとう、と真新しい美しい夫婦に向けて明るい声でいう。通話を終え、彼の脳裏には色んな考えが巡りだすのだが、ひとまずのところ、きりがいいところまで本の続きを読み、本を置き、友人とその妻となる女性との三人での、初めての食事に出かけるための、というのは彼のほうがずっと前からプロポーズがうまくいけば飯を奢ると友人にいっていたためだが、調整や準備しなくてはならないことのリストを、手帳に書き込んでいく。それから彼は再び週末のソファに戻る。
世間の動きなどの一切合切は気にせずに彼は読書をして一日を過ごす。
休日の静かな午後や、二度寝して昼前にようやく腹に何か入れようとしている時。何より必然的に一番多いのは静かな部屋で一人静かに過ごしている、彼が本を読んでいる時だ。
もっとも、彼らは式の日取りが決まっていたり、まだ決まっていなかったりもする。
先に伝えておきたいことなのか何なのか彼には理解できないけれど、結婚報告となると彼の周りにいる人間は、ラインより電話のほうを選択することが多かった。それから改めて食事や招待状といった、ポップミュージックのようにお決まりの手順。お呼ばれされれば彼は欠席したことはなかった。どこででも、いつでもそうだったが彼はマナーが良く、見ばえが良く、歯並びも良く、笑顔は適切な明るさだった。
彼らも結婚する。
いつかは、そう遠くはない未来には。その姿が見える。
そう彼は友人たちを眺めつつ考えていたし、決してそれに関して理解がないわけでもない。
ようやく本のページから手を離し、そっと隣に置く、神経質で物静かなその指の動き。まるで座らせるというほうが正確な本の扱い方だった。
今は閉じられている彼の目。眠りに入ろうとしている人のように。
地上は遥か遠い。害虫も侵入できないこの白い白い部屋では、誰も、何も彼の世界を脅かす存在はないはずだった。時間は彼の味方だった。
ただし彼の美しい友人たちのもたらすニュースだけが、彼の週末に若干、ノイズを生んでいる。
もちろん彼は受容する。他に打つ手はないのだから。はいは一回。それと同じ。だいいち、溜息をするようなことでは全くないのも承知のうえだ。
それでも毎回決まって彼は、溜息がでる。
彼らも結婚する。
あとに続く言葉は、いつも何とか押し殺す彼だった。




