恋している人に恋をする
彼はすぐにメモをとる。会話していても、唐突にじぶんの思いつきに夢中になり、広げられるだけ思考を広げ、それを残そうとする。
向かい合い座っている彼女が話をしているとしてもろくに返事をしなくなる。
問題なのは、彼女が彼のとる予測可能な行動に毎回律儀に傷つくということなんだが、でもわたしは、と俺の視線を受け止めないで醜いいいわけを、今日も繰返すのが彼女らしさだともいえる。
「どんな人かちゃんと分かってるし。欠点の一つや二つ」
どうだか、と俺。
彼女という人は、恋している人に恋をする人だ。
人は単純に恋をする、レジのところで目が合っただけの焼肉屋の店員に恋をしたりする。
人は会えたり会わなかったりするものに恋をする。
食べ物に恋をする、サプライズで出されるスタジオ・アルバムに恋をする、活字の中にしかない青年の涙に恋をする。
友人の話でよく聞かされている男子学生みたいな、じぶんに恋をしている人なんて数多く俺は見てきた。夢に、孤独な世界に、あるいは今年の俺がそうであるみたいに、家を出て一人で暮らす部屋に恋をしている人だっている。
個人的にはどう考えたって、思いを寄せるなら、誰にも何にも恋してない人を選んだほうがいいに決まっている。俺はいつも結末ばかり想像しようとする。
それでも、何故なんだろう、彼女がいつもしているような、恋している人に恋をすること、これがどれだけ向こうみずなのか測れないほどなのに、でもやっぱり、その蛮勇、恋愛の姿を俺は羨ましくも思う。今年も。




