真夜中の居間
あなたはあの子に選ばせずやってしまうべきなのと、女の声がいう。落着きはらった冷静ないつもの彼女の声。これが最後なんだから。
今夜ぐらい。
もうこれが最後。
そういうフレーズが先ほどから居間でずっと踊っていて、夫婦の今晩の主要なテーマがそれであるらしいことが分かる。
そしてそれは、彼女たちの気のせいではない。
うっとりとするほど美しい夢の中にいる、彼女と彼の坊や。
今夜が特別で、これが最後だと、思うことは、そんなに間違っていることだとはいえない。ただただ道が続いている。そして坊やがその足で二人を捨て去る時がいつか来る。
もっとも、先に夫婦のほうがそれに包まれてしまっていたわけだが。
「ちゃんと見せなさいよ、あの子に刻み付けてあげればいい。今すぐにでも始める気でいたらいい。あなたがやるのよ。あの子に、思いもしてなかったほど深い傷を与えることで、じぶん自身にも初めての、男親であることの痛みを感じさせてあげるべきなのよあなたは」
男性の声のほうはよく聞き取れない。
いつもそうだ、どこの居間でもそうだ。肝腎な場面での女の耳に男の声が聞こえない、というこのシチュエーション。
女が一段と声のボリュームを上げる。
始まった罵声は、もはやこの家にいる三人のうちの誰のためのものでもなくなっていた。




