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呪い






 彼女は呪い持ちの学生だった。それも相当に臭いの強い。

 臭えば臭うほどに、彼女には良く、手が痛ければ痛いほどに、彼女は明日を正視できる。


 彼女の眠れない多くの夜は、呪いがあったためにむしろ素早く潰すことができる。彼女はそれをランチボックスに隠して持ち歩く。彼女はいつもいつもそれを持ち歩く。





 それが発動するタイミングは彼女自身が、みずからの一日が幸せなものだったと認める時。他人の優しさに触れたと思える時。感謝を捧げる時、彼女の小さなコップに文化祭の時に有効活用できる同級生たちへの優しさが注がれる時。


 そうして彼女の呪いは彼女に、これをせずにはいられない体なのか、心の叫ぶことだからなのか、じぶんでも判然としなかったが結局いつも同じだ。

 雑巾を絞ること、いつも一人ぼっちでやる、ただ雑巾絞りをするためだけの雑巾絞り。


 すばらしく身体の軟かい娘で、安全な場所とはとてもいえない公共の場、例えば通学バスの座席に収まっている時などでも、雑巾絞りをせずにはいられない彼女が、あり得ないタイミングで雑巾絞りをせずにはいられない時がくる彼女が、少しの迷いのあったあとで、実行するのが彼女だが、そういうことは頻繁にある。





 雑巾絞りのためだけにやる雑巾絞りのための、彼女の可愛らしい水筒は、しかし脱水症状をおこした幾人かの学生たちを助けてきた。


 今、彼女は女子高生で、そして、異臭を放つ雑巾がじぶんには打ってつけであると彼女は思っている。


 無論彼女のその惨めさでも、周囲が彼女に与える評価は下げられない。

「まぁなんか変わった匂いさせてっけどまぁかわいい」





 クラスメイトの机を朝早く登校してはせっせと拭き、自嘲しながら拭き、泣き笑いながら拭き、彼女のいる教室は汚れ知らずだ、じぶんのいるべきところはここだとも思っている彼女。しょっちゅう制服の袖をまくりあげて歩いている彼女、いつも真っ直ぐに相手を見る、同級生の名前は実のところろくに覚えない彼女。





 16歳と5か月、臭いのついた手で顔を覆う彼女が今現在の彼女だ。

 やがて指の隙間から彼女は世界を見る。学生の顔やフードコートの掃除女の顔が見える。

 既に多くの者たちが、遠くからであれ、近くであれ彼女を評価してきた。


 そうよ、とあの人たちはいった。そうよ、手は、下ろすしかない。そうよ、手は、そうやって使うものではない。


 彼女の手は正しいことしかして来なかった。彼女はひれ伏す相手を間違えている。





 彼女は頬杖をつき、フードコートに満ちているざわめきを一人ぼんやり聞いている。突然にはっと閃く。理解不能、と常日頃思ってたけど、もしかしたら世間の人たちがあんな何匹もペットを飼おうとするのって、手のため、手に正しいことをさせたいからなのかもしれない、と。


 彼女は慌ただしく席を起つ。

 けれど数分後には一人の少女が、またしても女子学生の惨めさが、そこに座っていた。










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