ME
いざという時、とんでもない、切り裂くように女な悲鳴をこの口から出せるかどうか私にはちょっと自信がない。
私じしんはそういうタイプの人間ではないけど、中学から高校まで、数年の間、私は母親と二人で公営住宅に移り住んでいたことがある。
もちろんペット禁止だった。でも、ベランダに出て洗濯物を干したり取り込んだりする際に、ふと手すりから下を見やると、茶色い犬の尻尾や耳がそこに見えるという日はしょっちゅうあった。
ほんとうに滅多に鳴き声は聞かなかった。逆に心配なくらいだった。
他にもあそこでは、年寄り女のすすり泣くような声を聞いたことがあったのを、私は覚えている。
夏のはじめ、学校に行った振りで、母の出勤時間を狙って帰った、午前十一時ごろ。
当然、私は大したこともせず、窓を開けて空を見ながら空想に浸っている。すると、向いの建物からいきなり、女の泣き声だけが聞こえてくる。
棟と棟のあいだの駐車場には人影一つなくて、バイク配達の音を除けばいつも静かな時間帯。
どの窓かは見ても分からない。文になっていない女の泣き声は物悲しく感じられる。
一階からしばらく続いていたそれは私にすれば開始と同様、前触れもなく止んだ。
妙かもしれないが、その姿も見えない女の声は今でもよく覚えている。
私もまた、我が身に危険が迫っていると知った時、気づいたところで手遅れだと人々が語る類いのシチュエーションにとうとうじぶんも陥ったと悟ったその時、鳥たちを驚かせ、家々の窓を震わせ、草木が生命力を失う、それほどの悲鳴でもって、何が起ころうとしているか、まずはじぶんに示すのだろう。
目を思い切り見開いた私は、叫ぶのだろう、それしか方法はもうないに違いないから。とにかく塞がれてしまう前に、この口から私は悲鳴を上げたい。
事態を招いたこの町の、この国の全ての男たちを呪いながら、その時には私も叫び続けるだろう。




