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くれよ
彼女のマンションと駅の中間地点にあるデニーズ、二十四時間営業ではないデニーズは、嫌いじゃない。
閉店まぎわ。
僕たち二人は二時間近くも座っていて、いい加減疲れている。
「彼らが寝静まる夜、ぼくは彼にキスをして、彼はそれを知らないままに彼らを殺した」
一冊の本の題名が思い出せない二人がいるとして、それは僕らということになる。コーヒーを何杯も頼んでまでする話かとは思う。
「絶対違うし。いいたいだけでしょそれ」
だけど今この人ぼくっていった。ちょっといいなと思う。
「穴? あと、女って字もあったはず」
「彼を縫い、私を縫い、そして指が待ち構え、だったかな」
「違うけどリズム感は合ってる。あー思い出せない。なんだったっけかな」
「SF小説みたいな。河出文庫の方向性だったよね」
「そうそう。彼女は千切らせ、彼は穴から覗き、全てが、全てが、うぅ」
「女は食べて、男は祈って、二人は恋をして」
「ほんとやめてそーゆうの」
無為な夜。




