冷蔵庫
同学年とはいえ二人がクラスが一緒になったことはない。接点と呼べそうなものは去年の長袖の頃、文化祭の実行委員会で初めて互いに話す声を聞いた、あの短い期間ぐらいだと彼らは周りに話していた。
どちらの男子も顔を合わせることがあれば無視なんかもせずに、ちゃんと話しただろう。
だがクラスが離れすぎていた。
その顔を合わせるという機会すらちっともなかった。ずっとその程度の距離感の二人だった。
はたと気がついたら、冷蔵庫選びに失敗した失礼な奴として、そして冷蔵庫に選ばれたほうとして、彼ら二名は学年でも名を馳せていた。
違う、彼としてはそういうしかない、これは違うから、と。
彼としてはシンプルに、その動きの目的とは冷蔵庫を開けているだけのことだ。普通の冷蔵庫を、普通に開けているつもりで彼自身は彼が動くのをみていた。
無論それでも感触の違いは指先からどんどん伝わってくる、彼はそこで我に返る。
するとそいつは冷蔵庫ではなく、全然ひとである、そいつは同年代の男子で、いつも同じ顔で、だからつまりそこに立っているのは二人の、いつもおおいに困惑していて、いつも黙り込んでいる、二人の、男子中学生同士ということになっている。いつもそうなってしまっている、場所によっては気まずいどころの話ではない。とても、距離が近い。
これが始まったのは、冬の休暇の終わり、彼らの学校が始まってしばらく経ってからのタイミングだった。
同学年の生徒間では、この夢遊病めいた行動は若い母親だか年の離れた姉の妊娠発覚後に始まったとまことしやかに噂されている。
原因があり行動があり結果がある。でもまず冷蔵庫を開けようとする意味がわからない、とこの学校の男子たちはいう。
「まぁオレが女子じゃなくてよかったってことで」
クラスメイトらや同じ部の先輩たちにつっこまれている毎日だが、傍目には当の冷蔵庫が本当に淡々としているのだった。
クラス内でも、誰一人として、冷蔵庫以前と以後で考えてみても焦りも硬直もそこに見出だした者はいない。
教室や、図書室や、自転車置き場や、部室に現れ、声を発することもなく、両手を前に出し、コートを脱がせ、冷蔵庫本人に手伝ってもらいながら制服の前を開け、アンダーに触れ、やがて彼の全てが止まって、はっとしたように顔を上げる、彼。
焦点があっていず、唇の震え、血の気が引いている様子に、一部始終をじっと見ていたこちらのほうが罪悪感を覚えるはめになるぐらい哀れな、彼。
でも彼を責めていいはずの、被害者意識を持っていていいはずの冷蔵庫は、何でもない顔で日々過ごしている。
いちばんの問題は、とこの学校の女子たちはいう。
「いきなり冷蔵庫扱いされだした中学生としても出来すぎ君なとこ」
目下のところ、冷蔵庫の友達が目に余る言動をとらないようクールダウンさせる役割を担っているのもまた、冷蔵庫だった。
これで学校の外での彼と冷蔵庫の関係がどういう変化を遂げているか学校じゅうの生徒が知ったら見物だ、だが目下のところ本当の二人のことは二人しか知らない。




