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邪魔






 あなたがうっかりカップを倒す、するとよくある光景、街のどこででも、一日の中で誰かしらは犯しているようなそれはミス、凡ミスではあるんだけど、少し笑いそうだわわたし、あなたがこれを引き当てたこと。



 黒い液体が机の上に扇状に広がっていく、わたしは瞬きもしないで見てる、それは縁まで届いていて、とうとう被害が出た、まずそれは床を汚しているわ、タツタツという音をわたしはたしかに耳にする、平静さを装いつつもわたしは、意識だけはそちらに向けていてその音を待っていたの、そして予測どおりに下のほうであの音が聴こえていた、ぞくぞくしちゃった、同じくその場にいた女性がもう一人いた、彼女はわたしと違う、彼女には話し相手がいた。



 わたしのいるほうとは反対のほうを向いていてずっと、彼女とその男性との二人の会話がしばらく続いていたのは知っていた、あなたのやったことが彼女の目には、だから全然入ってなんかいなかった、隣の男性のほうが先に事故に気づいた。



 場に居合わせた中で一番大きな悲鳴が上がったのは、彼女の口からだった、何よりもその表情の変化、目を見張るようなあの感じよ、控えめな彼女の笑顔が引っ込んで眉間の皺とか、お洋服に汚れがつくことへの激しい怒り、それらがない交ぜになる、悲しみ、一人の女性の顔を何百何千何万もの険しい顔をした女たちの顔といっしょくたにしてしまう、いつも彼女のする表情とは遠く、しかも誰でもない女の顔にする。



 おっとっと、誰かの声がいっているのも微かにわたしは意識の片隅でとらえてる、椅子が同時に複数引かれるガタガタいう音も。



 ところで、ねぇ、この瞬間、あなたがどこにいるのか、わたしは気にはしない。

 この瞬間、あなた自身も今じぶんがどこにいるのかについては積極的に忘れたくなった筈よね。

 あなたがいたのは、どこでもない場所。

 そしてあなたは、誰でもない人。

 わたしは、そこにいる、そのあなたを、捕まえたい、捕まえさせて、そして僕を捕まえてと叫び声を上げている悲しいあなた。

 でも、ねぇ、次の瞬間にはわたしは救いの手を差しのべている。無言のうちに回されるティッシュの箱。

 だって残念なことにわたしたちは回復してもらわなきゃいけないの、他人のミスっていうものは、瞬間的には、ある角度から見れば、可愛い。でも最後には結局、それはどかせなきゃいけないし、どかせたい、たんに邪魔でしかないものなのよね。










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