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 男友達と過ごす気楽な夜。

 彼女と彼、二人どちらも園児時代に漫画の存在を初めて理解し以来漫画を好きで他の何を実家に置いてきぼりにしたり置いてきぼりにされていたとしても、そういうのはほんとうに幾度となくやって、やられて、これからもきっと変わりはしない、でもこれだけはずっと子供時代から変わらず好きといえるものなのだ、二人にとって漫画は。漫画だけは。

 会うと漫画の話ばかりだ、彼女たちはそういいつつも、またすぐ漫画の話をしてしまう。



 最近追いかけている連載の話題で、それは始まった。

 彼女のほうが、一人の名前を、今はまだイラストレーターとして知られている名前を上げると彼が全く賛同できない意見を口にした。努めてグラスを空けるだけで彼女は反論したりせず、話し、応え、頷いて食べ、飲んで頷き、気分が軽くなったところで今度は彼も無視できない、人気も実力も申し分ない漫画家のことを話し出した。



 すると彼はいった、タイトルがもう失敗しているから、変えるべきだってあれは。

 次の、ヤマシタトモコの話になってからも引き続き批評家モードの彼はやはりまたしても彼女がこれっぽっちも賛意を示す気になることができない、というか彼の意見の柱となっている、と彼が考えていることに対しての彼女の理解力の不足そして関心の足りなさから来る沈黙に、彼のほうも気がついた。それで今度はあちらのほうが黙々と飲み食いをし始めた。

 私たちは私たちらしくない話題を選ぶこともあるから、と彼女は思う、例えば今夜のように梅雨明けに会った二人だからといったって、職場で会う、会わずに済ませられるのなら無論一切の関係を絶ちたい、本気で二度と顔を合わせたくない人々と交わすような会話、とくに先週は電車通勤が苦行じみて思えていた彼の話す車内の描写だとか。この時期、梅雨に入っている時期には、書籍関連は買うのを禁止していた彼女が、楽しみにしている買い物の予定表だとか。

 しばらくそんなつまらない話題を選びつつ、勤務時間にそうなるように口が自動的に動いているのに任せつつも、彼女は頭の中で別のことを考えている。

 彼女の頭が考えているのは、なぜヤマシタトモコの名前が今出てくような流れになったんだろうか、ということ。彼女は考えようとする、男性店員が運んできたばかりのハイボールに口をつけながら、なんだか重要事項みたいにちゃんと思い出したくて。



 桜庭一樹の『私の男』、ヤマシタトモコがそれをお気に入りの小説として挙げていたのだった。何かの記事で私は知って、そのタイトルは読んでみようとも今まで感じていなかったから彼はどうなのかとちょっと思って訊いてみたのだ、そうしたら彼はやけに強い口調で、否定的な意見を吐いた。話題が次のに移った時に彼が『私の少年』の話で難癖をつけた、また、ヤマシタトモコはいつも新作を楽しく読んでいる作家で彼にも貸したのだったけどそこそこ苦手な部類だといったことはこちらも記憶していたのだから、止せばよかったのに、結局はまず私が『私の男』というタイトルの本のことを訊いたせいでなんだか呼び水のように、私がわりと好きだと思っている『私の少年』の批判を彼はしたように私の目には映ったこと、続けてヤマシタトモコについても彼は悪くいったこと、それらがこちらの見方としては、彼の連続攻撃だと、そう取れた。彼のほうで考えている以上に、恐らくダメージをさっきもらってしまった。



 つまりこの狭苦しいホルモン屋の席で二人のうちのどちらかといえば沢山を載せたのはこちらのほうということが、考えていくうちに分かってくる。彼女は調子を戻そうとする、このシーズン恒例の節約で、買いのがしてしまった初版ペーパーつきのボーイズラブのコミックスが完売、今は増刷が待たれている状態であるのを喜ばしく思うべきなのかどうなのか分からない全然ほんとに分からなくて、などとぐちぐちと彼の呆れたような笑いを前に彼女は喋り続ける。

 それからまた久し振りに会う友達に話したいことがあったのを思い出した彼女は、心地よい酔い加減に明るい声になっているとじぶんでも思い、気分のほうも明るくなる。



「ねぇ、そっとうにって題名はどうかなじゃあ?」

「じゃあって何。ほんとお前文脈」

「そっとうに。どうなの」

「そっとうに?」

「そっとうに」

「初めて聞くんだけど」

「知らないのか、詩だよ詩、ポエム。それのタイトルね」

「しらね。ってかおれら、けっこう長い付き合いだと思ってたんだけど、詩とか読む人だったんですね?」

「かまわないでしょ別に」

「有名なのそれ」

「有名。いやわかんない、なんかの時にネットであたしは知っただけなんだけど、なんだろ、なんか有名な盗作シリーズ? みたいな感じの記事だったかな」

「駄目じゃん。おれ盗作とかほんと避けたい人」

「あたしもまあそこは抵抗ある。んー、だけど何か成り立ちっていうのかな、その詩はねウニはね、生い立ちについての部分が面白いと思ってて。ほんと知らない? そっとうに」

「しらない。そっとうにしらない」

「顔が笑ってるじゃんか、何か知ってるのかなって思うじゃんこっちは」

「違う、おれがわるいなこれは。なんかおもしろくなってきただけ。あれなんだって、ウニをそっと置く映像が浮かぶ、頭が映像化させてしまってんのさっきから。あとふつうに、まだこの話続けるんかいしらねっつってんのにって思ってなんかおもしろいです、ゴメン」

「あ、いっとくけど真面目な話だから。真面目な話をあたしはするから」

「ヘぇへぇ」

「だからね。だからね、なんだろうね。名付けっていうのは、素晴らしいの。そっとうには、素晴らしくない。思い出したけど、男児が書いたものなんだよこれは。小3とかかな? 谷、谷さん? だったっけなんだったっけ、なんか大御所だよ、の、なんか詩の一節? 半分ぐらいに何かパクってしまって、でもあたし、素敵な仕上がりじゃないかなっと。アレンジ加減が。あんたのいう通り盗作はいけないよ、絶対駄目だ。でもセンスが面白いと思わないではいられなかった、盗作にセンスもあるんだねっていう、あたしが初めて理解をした、そうゆう詩なのね。そして、名前をつけるっていうのは、ほんとうにほんとうに明るく照らすよねって思った。そっと、うに。どこから来ましたか。あたしたちについてあたしたちは、いつも何かをいおうとするよ、何もいわないのなんて、いっちばん駄目なことなんだと、思ったんだなぁ」










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