この不安が
あまりに長い年月の付き合いの不安を内に抱え込んでいる場合、慣れるとか慣れないとかいう以前の問題で、その場所があると見定めたということにもなりかねない。
繁ってくるものがあるのだ。
たしかに多くの人が考える通り、不安というものはあるのを忘れてよい代物だ。なくなったりはしないもの、一度でも胸の中で生まれればもう消せないものとして考えておくべきだった。
胸に手を置くと、いつもそこにあって、挨拶がわりに指の腹で叩くと奴らはパチクリ瞬きをした。
手を体のわきに垂らしてだらんとさせ、駅のホームからの空の青さを漫然と感じとり、他に聞こえてきそうななにかはないかとか、忘れよう、もう忘れかけているってじぶん自身にいい含めていればそれで済む話。
彼女のも、実証ずみだった。あらゆることがらを忘れないでいようとしているし、いい加減顔も上げてなけりゃならない、忙しい毎日。
だから不意に、ある日じぶんが異なるステージへ突入していることにもなる。
庭ができている、彼女じしんの内側で。
ある真夜中、素足のまま、出ても暫く呆けたように眺めていることしかできない。
これは第一の段階。
彼女はじぶんの庭で、要約しようとする。
昨日まで続けてきたこと。不安、不安、不安。
でも大差はない、彼女お馴染みのこれがやり方だ、そもそもいつだって目移りするのが彼女だった。この不安からの、お中元。悪い彼女も、いい彼女も。また、彼女は受け取ってしまってもいた。
別の夜、彼女は庭で座りこむ。
彼女は見るともなしに辺りを見て、その夜の中に置き忘れる。
何を?
後日の彼女は自問する。思い出せない。とにかく何か大きいもの。彼女はそんな気がする、彼女以外には用途を見いだせない、それに結局何を感じていようが小さいものでしかありえない。でもとにかく当の彼女としては、大きかった、いつでも大きい、当の彼女にはとにかく大きく感じられ、だからこそそれは庭でも大きかった。
初めて、やめなくては、と思った夜。
彼女はやめない。
彼女には、これから目を逸らすことは無理だった。もう誰のために意気を刷ったり穿いたりしているのか不明だ、理由もなく目的も不明の明るい目だ。
彼女はこの不安を感じ、次に庭を感じる。
意図しない夜更かしをしていれば、どこかの玄関チャイムが鳴っていて彼女は轢かれる。
庭の真ん中で体育座りをしている彼女は荒い呼吸のまま、傍目にはわたしがじぶんのことを愛しているように見えるのかも、と呟き、また別の夜にはこの庭の働き手にでもわたしはなるつもりでいるんだろうか、いつもこう、なぜ、いつもわたしは安直なまでにすぐに火を使う人たちと一線を引いているといったって、こうまでじぶんを甘やかしていないのか。じぶんが可愛くないのとでもいいたいのか。一体それは誰に対してだ? これに何の益が?
彼女の頭上を、年月が、音楽が、ただ彼女の上を行き過ぎていくなか、彼女の状況が少し変わったとしても、庭は庭。
ところが、ある夜から彼女の何かは変わって、庭へ降りていくことができない彼女として、また夜を見つめ直すことになる。
一度としてじぶんのものになったことはないその家で、二階のベランダから、今の彼女は彼女の庭をたしかめる。
庭は、彼女を見上げ顔色を悪くした。
今や不安だけが、彼女の身を案じる唯一のものだということ。そう、はっきりと彼女にはいえる、この不安が、彼女のために救急車を要請するにちがいないと。
「しばしのさよならってわけ?」
彼女は手すりに少女の笑顔を置いた。それから、暗い空に噛みつき攻撃をしかけるべく女は身を乗り出す。
最後まで不安がこちらを見ているかどうかだけが、いま女はとても、間違いなく不安だった。




